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5/6(木) 重い腰を上げる日 ~ペルーへ~

ようやく重い腰を上げる日が来た。
若干沈没していたリマのHotel Sucreをチェックアウトして、
一気にペルーへと向かうのだ。


朝7時に目が覚めると、俺がこのホテルに来て、
はじめて晴れていた。それもあって、この日に出ようと思ったのだ。


朝起きると、既にAさんはロビーにいたので、
Aさんを誘って近くの食堂へ。チキン、ライス、野菜、コーヒーのセットで1.3ドル。
ま、このセントロの朝食としては普通の値段だ。味も悪くない。


朝食を食べた後は、俺は近くにあるバスターミナルへ、
Aさんはホテルへと戻った。俺の目指すLojaという町までは15hかかるため、
夜行バスを利用する予定だ。その夜行バスがあるかどうかを確認したかったが、
途中で警官に道をきいたところ、近くのバス停からLojaには出ておらず、
キトゥンベバスターミナルにいかないといけないとのこと。


やっぱキトゥンベ行きか。
キトゥンベバスターミナルへは、ここから30分以上かかるため、
俺はホテルへ戻った。ま、夜行があると信じて向かおう。


ホテルへ戻ると、入り口でAさんと会った。
朝8時くらいだったが「ノルテの方を歩いてきます」とのことだ。
早いな。たぶん他の日本人は目が覚めてもいないだろう。


俺はホテルに戻ると、いつでも出られるよう荷造りをすませ、
ホテルのロビーで日本の小説を読んでいた。


昼飯時になると、近くの食堂に行って飯を食べ、
再びホテルのロビーに戻って小説を読んだ。完全な沈没者の生活だ。
だが、俺は今日チェックアウトする。今日出ないと、後5日はいそうな気がするからだ。


ロビーにいると、Aさんが帰ってきた。
その少し後、Bさん&Kさんも帰ってきた。3人にチェックアウトする事を伝えると、


Aさん「後1日いませんか?」
Bさん「今晩丘に登りにいきませんか?」
Kさん「後1日くらいいいと思いますよ」


沈没者を再び沈没へと誘う声に負けそうになったが、
何とか丁重にお断りし、ホセにチェックアウトの旨を伝えた。
すると・・・


ホセ「え?今何ていった??」
おれ「チェックアウトします」
ホセ「だめ。チェックアウトできない」
おれ「なんで?」
ホセ「ここはお前の家だ!チェックアウトできない!」
おれ「俺のいえは日本にあるんだ・・・」



約30年働いて上から5番目の男の説得も振り切り、
俺は3時頃チェックアウトした。
皆さんと再び出会う事を約束して。


Bさんの「また会いますよ」という言葉が嬉しかった。


俺は近くのSanto Domingo駅まで行き、
そこでトローリー(路面バス)に乗った。トローリーの中は超満員で、
俺は空気も読まずにバックパックを背負ったままだった。


約30分たち、ようやくキトゥンベターミナルの近くに到着。
どこがキトゥンベターミナルの駅かは、1人の乗客に聞いていた。
彼が「こっちだ」と道を教えてくれ、俺はなんなくターミナルへついた。
彼の仕事はなんとDJ!!!見た目は落ち着いた青年だが、
DJという事はテンションが跳ね上がるのか!!!!

Loja行きのバス会社のオフィスまでつれていってくれて、
彼は自分の探しているオフィスへと向かった。ホンマやさしいな!!!
コロンビアもそうだったが、エクアドルの人もマジ優しい!!!


で、俺はLoja行きのチケットを・・・かわずに、
近くの警官に「ペルーに行きたい」と伝えた。もしペルーにいけるんなら、
直行バスを使いたかったので。だが、直行はなく、ペルー国境の町までの
バスならあるという。町の名前はHuaquillas。聞いたことねぇ・・・・。


ロンプラを見ると、ペルー国境にHuaquillasという町があったので、
そこまでを購入。値段は10ドル。バスはすぐに出発ということで、
俺は少し後に来たおやじに連れられて、バスまで移動。
荷物をトランクに詰め込み、バスはすぐに出発した。


バスが出て数時間後、一軒のレストランの前で止まった。
料金はさほど高くなかったので、そこで食事を摂る事にし、
写真を撮ろうとポケットにてをつっこんだが・・・




カメラがない!!!



カバンの中を探すも、ない!!



キャノンのコンデジがなくなった!!!


キトで泊まったHotel Sucreで、1人の日本人が
「Gパンの横のポケットに入れていた財布が盗られた」
と言っていた。俺はそのとき、Gパンの横のポケットなんて、自分でも出しづらいのに、
よっぽど気をぬいていたんだなーと完全に他人事だった。



だが、俺もGパンの横のポケットに入れていたデジカメが盗られた!!!



盗られたと書いたが、望みがあるとすれば、

・ホテルに置き忘れ
→ 置き忘れていても盗られる事で有名なホテルなので期待薄




カメラは撮られたが、キト以外の写真は全てPCに保存していたのが、
不幸中の幸いだ。後は警察署で盗難証明をもらい、損保ジャパンに電話して、
金が返ってくるかだ。


ま、最近一眼レフを使っていなかったから、これを機会にバシバシ撮って行くか!!





そんな風に切り替えができたのは、盗難証明を警察署でもらった後だった。






結局、警察署で盗難証明をもらうため、朝5時から8時まで
Huaquillasという町の使わないバス会社のオフィスで休憩した。



そして、街中の電話が出来る場所で損保ジャパンに電話し、
カメラ購入の際の領収証がなくても、保証金を受け取る事ができる事がわかった。




気を取り直して国境を超えようとしたが、さらに不幸は続いた。
というか、これは俺の選択ミスでもあるんだけど。




国境付近でタクシーの客引きをつかわないと決めていたのに、
使ってしまい、25ドルという大金を請求された。しかも、請求されたのが
まだ到着する途中だったので、どうしようもなく支払った。



それだけならよかったのだが・・・・
その後、ペルーに到着して、バス会社に「ピウラに行きたい」というと、
「ピウラ行きはない」とのこと。タクを使ったせいや・・・あのせいや・・・

困っていると、1人の客が別のバス会社を教えてくれた。
彼の名はマリオ。明らかに金をもってそうな感じで、バス会社まで連れて行ってくれた。
そこで、ピウラ行きのチケットを買うために、20ドル札を出すと、相手はこういった。



「ノー、ファルソ!」



ファルソ?はじめて聞いた単語だ。
急いで旅の指差し会話帳で調べると、falsoは偽札だという事がわかった。




偽札????




俺も持っているドル現金は、最近使ったお金だと、
パナマシティとキトの銀行で下ろしたお金だ。ATMで下ろしているので、
偽札はないはずだ!!!



だが、札を触ってみると、明らかにそれだけ違う。紙だこれは!!!
料金が高かったこともあり、そこでは支払わず、近くの両替屋につれていってもらった。


そこでもう一度使おうとするが、

「ファルソ」


やっぱりか・・・



でもおかしいな・・・この20ドル札はさっきタクのうんちゃ・・・







あ!!!




さっきのタクシー運転手に、20ドルを支払ったが、
「破れてる」とかいって、ポケットになおした札を返されたんやった!!
あの時すり替えやがったな!!!!




もーHuaquillasとかいう町に向かってから全てがおかしくなったわ!!!
こんな事ならキトでもう1泊すればうよかった・・・。





ま、しょんぼりしても仕方がない。
カメラの補償金は請求できるらしいし、偽札なんて手に入るもんじゃないから、
(本当はダメだけど)偽札はお土産にしよう。



気をとりなおしてバス会社に戻り、無事チケット購入。
これまでずっと付いてきてくれたマリオには、ジュースくらいおごってあげても
よかったのだけど、「じゃ!」って言って行ってしまった。
どんなけ優しいんや・・・さっきの運転手に爪の垢を煎じて飲ましてあげたいわ!!



バスの待ち時間は1時間半ほどあったが、
バス会社の警備員や、近くのジュース売りの女の子としゃべってたので、
時間は簡単につぶせた。



バスは2階建ての超豪華バス。
椅子もフカフカ!!そのバスで5時間ほど揺られ、バスはピウラに到着した。




ピウラに到着し、まず目指したのはHotel Moon Light。
ロンプラに載っている、4.5ドルくらいの宿だ。道は碁盤の目のようになっていて
分かりやすかったが、方角が分からなかったので、道を歩いている人に聞くと、




その人もわからんかった。



俺に教えてくれているのはわかるが、
絶対そっちじゃないwwwwwwwwwwwwww



俺が「こっちだ」と教えてるしwwwwwwwwwww






立場逆やろwwww





しかもその30後半(自称30歳)のおばはんが、

「私フライドポテトが食べたい」
「お腹すいた」




そういうセリフは、俺に道を教えてから言え!!!!





俺も俺で、そうそうたまってたので、おばはんにポテトをおごってやった。





そしてホテルにチェックインし、部屋に招きいれると、



「お金ちょうだい」



アホかお前wwwwwwwwwwwwww



で、俺の返答



「20ソル(約900円)30分」


そういってベッドを指差した。
俺の人生で初めての鬼畜発言www





「だめ、私達結婚してない。アミーゴだから」



「アミーゴ、ノープロブレム」



そう言って襲いかかったが、さすがに拒否された。






何してんだ俺???




僕ちゃんは、いつからこんなできる子になったんや???????






結局、Dキスすらも拒否され、すっかり利用価値のなくなったおばはんに、



「じゃ、さようなら」



そう行って部屋を追い出した(笑)



じゃおばはんは次に「日本語を教えて」といって、
再び入ってきた。





隙を見て襲いかかってやろ。




今の俺に失うものは・・・一眼レフに、現金に、PCに・・・
まだ多いやないか貴重品!!!




だが、俺の野獣の目つきに気づいたのか、おばはんは俺から距離をとるようになった。




結局俺は、ウソの名前「高橋巧一」というのを教え、(誰やねん!
適当な日本語を少し教えて、



「じゃ、明日9時にメッセンジャーで話しましょ」


「いいよ」


といってようやく出て行った。



アホか、朝9時からネットするわけないやろwwww






いやー実に濃い1日やった。




もうこんな濃さいらん。




落ち着いて観光さして・・・。
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2010..06 ペルー comment0 trackback0

5/8(土) バスがないので一気にトルヒーヨへ

朝7時ごろに起きる。
どうせ店は開いてないだろうと思い、8時頃になってから
ベッドから出て外をウロウロしたが、どこも開いてない。

え?朝8時でも開いてないってどんなけゆっくりやねん。

仕方ないのでホテル付近をぶらぶら歩くと、一軒だけあいている店を発見。
そこで食べたのがこれ。

DSC_8198.jpg
チキン、卵、じゃがいもが入ったヌードル。スープはあっさりした味で、おいしい!!


食べ終わった後、ホテルまで戻ると、
ホテル近くにネットカフェを発見。昨日は暗くてよくわからなかったが、
ホテルから歩いて数秒の位置にあった。

8時半くらいで開いていたので、
ホテルにパソコンを取りに戻り、そこで1時間ほどネットした。



もちろんメッセにはログインしてない。
名前聞いたけど忘れた。



9時半くらいにはチェックアウトし、
バス会社が数件集まっている北の通りに行く。
目的地はチクライヨ。面白そうな博物館が2件あるので、ぜひ訪れたい!


が、どこに行ってもチクライヨ行きは「ノーアイ」(ない)とのこと。
あったとしても、「4時PM」とか。4時まで待たれへん。


これはチクライヨは諦めて、一つ先のトルヒーヨに行くか。
マチュピチュに行くまでに期待してるのは、トルヒーヨ近くにある
チャンチャン遺跡やし。


という事で、目的地をトルヒーヨに変えるも、まだバスがない。
ん・・・これは4時PMのチクライヨ行きを使うしかないか・・・。


おとしなしく、トランスポルテス・チクライヨのオフィスに戻ろうとすると、
途中で道を聞いた女の子が話しかけてきた。


「どうしたの?バスなかったの?」
「うん、トルヒーヨに行きたいけどバスがなくて」

と話していると、近くを通りがかったおじさんが、

「トルヒーヨ行きならあそこにもバス会社があるぞ」

と違うバス会社を教えてくれた。



そこまで歩いて行くと、なんと2時間後のトルヒーヨ行きのバスがあった!!
値段は、さっきまで聞いてたところよりも、2ドルほど高いが、
すぐに行けるのはここだけなので、すぐにチケットを購入!!!


荷物はまだ預かってくれそうにないので、
しばらく待合室で休憩して、30分前で荷物を預けてから、
バス会社を出た。


理由はアイスクリームが食べたいから。
こんなに暑いとね、アイスほしなるって!!!



で、近くでアイス屋は見つからなかったが、飯の屋台を発見。
パスタ、ごはん、セビッチェがある。屋台のセビッチェとか当たらんかな・・・。
とにかく食べる。小さいお皿に盛ってもらって、2ソル。100円いかないくらい。
安い。

すぐに食べ終え、バス会社のオフィスに戻った。
しばらくしてバスに乗り込み、トルヒーヨへと向かった。






トルヒーヨ到着。
バスを出て荷物を受け取り、入り口を見張っている警官に道をきいた。
どうやらセントロではなく、セントロからは少し遠いらしい。


「タクシーで行ける。3ソルだ」

3ソルなら、約1ドルだから、まぁ1ドルでホテルの前まで行ってくれるなら、
タクシーを使おう。警官はタクシーを捕まえ、値段の交渉までしてくれ、
さらに俺が泊まりたいHotel Limaを知っているかの確認までしてくれた。


優しいすぎるわポリシアさん・・・



タクシーの運ちゃんに住所を教えなくても、まっすぐホテルへと向かってくれた。



そしてホテル到着。
部屋は綺麗。トイレとシャワーは汚いが、まぁ値段が12ソルだったのでここに決定。



すぐにチェックインし、近くの店で夕食をすませた。
DSC_8206.jpg

DSC_8204.jpg
南米では有名な、インカコーラ

食べた後は、町をぶらぶら。
もう真っ暗だったが、教会が多いらしいので、ライトアップされた教会を見に行く。


DSC_8209.jpg
教会
DSC_8214.jpg
街並


ぶらぶら歩いていると、ネカフェがあったので、そこで30分ほど過ごす。
後、ここトルヒーヨの立ちんぼも探したが、ネット上では見つからなかった。



ネカフェを出ると、8時半を過ぎていたので、まっすぐホテルへと戻り、
ベッドに横になっている間に、いつの間にか眠ってしまった。
2010..08 ペルー comment0 trackback0

5/9(日) チャンチャン遺跡+トルヒーヨ周辺観光

朝8時頃に目が覚める。
ピウラにいた時は、朝9時くらいにならないと町中の店が開かなかったので、
すぐに観光の準備をして、ホテルを出発した。

チャンチャン遺跡に行くには、ワンチャコ行きのバスに乗ればいいらしいので、
町の西にあるバス停までぶらぶらあるいていった。

やはり町はまだ眠っている。

バス停に向かう途中で、パン屋を見つけたので、
そこでパン数個を購入。これはバスの中で食べよう。

バス停に到着したが、めちゃくちゃいっぱいミニバスが停まり、
どれなのかわからない。バス内の客引きが、行き先を叫んでるので、
それを聞いているのだが、なかなかわからない。


なので、近くにいる人に聞くと、
なんと英語で教えてくれた。めずらしい!!!英語話せるなんて!!!

どのバスかと、料金は1ソルであることも教えてくれた。
これでぼられる心配もない。

教えてくれたミニバスに乗り込み、数十分して、チャンチャン遺跡近くに到着。
そこからは、歩いてチャンチャン遺跡に向かった。

DSC_8250.jpg


遺跡に向かう道はわかりやすく整備されており、
迷う事なくチャンチャン遺跡に到着。そこで、近くの観光地の入場料とセットになった
チケットを11ソルで購入し、遺跡に入った。


このチャンチャン遺跡なんて聞いたこともない遺跡に来たのには理由があり、
1つは誰もいない(=人気のない)遺跡で1人で浸りたかった事、
もう1つは海沿いにある遺跡には行った事がなかったので、ぜひ見ておきたかった事だ。



期待どおり、遺跡内は誰もおらず、ゆっくり見てまわった。

DSC_8221.jpg
遺跡内

DSC_8219.jpg
魚の浮き彫り

DSC_8218.jpg
鳥の浮き彫り



この、チムー王国時代の都市チャンチャンは、
結局インカ帝国に征服されたんだけど、チムー王国は金の加工技術に優れていて、
インカ帝国の金の加工技術は、このチャンチャンの技術らしい。
(正確には、チムー王国が征服した別の国だったはずだけど)

で、このインカ帝国もスペインに征服され、
金は持ち運びやすいように加工されて、本国へと持っていったらしい。


ってことで、このチムー王国の残した金の加工品は残っていなかった。



まぁ、何が言いたいのかというと、そういう事を色々考えながら、
遺跡の中をぶらぶらしたり、寝転がったり、座ったりしてた。
(特にスペイン語が通じるってのはこういう事なんだなーっと)


DSC_8237.jpg


誰もいないと思いきや、途中イチャイチャしてるカップルを目撃。
お前ら遺跡でイチャつきやがって・・・。しかも今の俺は、
カップルを見るとイライラするんだよ!!!!!!!!

特に幸せそうなカップルを見るとイライラすんだよ!!!!!
お前らも急に連絡が取れなくなって不幸せになってしまえ!!


あーイライラする!!!



俺はその場からはすぐに立ち去り、しばらく遺跡内をぶらぶらした後、
遺跡を出た。その後は、遺跡近くにある、チャンチャン博物館へ。

DSC_8255.jpg

博物館をさっと見た後は、ワンチャコ海岸へ行った。
密かに楽しみにしていた、海岸沿いでおいしいセビッチェを食べる夢を
実現するために!!!


そして・・


DSC_8269.jpg
実現しました



タコ、魚、新鮮なサラダ、レモンはちょっと強いが、おいしい!!!


残念なのは、魚が食べたかったのに、出てきたのはチャーハンやったこと。
Arroz con Pescadoってチャーハンかよ。


DSC_8271.jpg
美味しかったが、残念だったチャーハン




飯を食べたあとは、海岸沿いをぶらぶら。

DSC_8272.jpg
チムー期から使われている、トトラ舟。



海のむこうは日本かー!!!
日本を出てから8ヶ月が経とうとしている。
別に帰りたいとかそういうのはないが、大阪の町が懐かしいな。



しばらく海をみてボケーっっとした後は、まっすぐトルヒーヨへ。
まだ近くにドラゴンのワカ、月のワカ、太陽のワカといった見所はあったが、
もうチャンチャンで満足したので、後は明日のリマ行きのチケットを購入するため、
バス停へ。バス停へ行く途中、おっさんが親切にバス停の場所を教えてくれ、
何社かまわって、一番安いフローレス社で、35ペソのチケットを購入。明日の9時発。



その後は、おっさんが「ビールを飲もう」というので、
一緒にバーに行き、ビールを飲んだが、おっさんが


「明日キトに行くから100ソルをドルに両替してほしい」


と言い出した。今日は日曜日なので確かに両替はできないが、
明日できるし、なんならキトについてからでも両替はできる。



それに俺は偽札にはもう敏感になっていたので、
両替は断固拒否!!!


「大きいお札だから受け取りたくない」


といって拒否したが、「じゃ今晩までに細かくする」という始末。




結局、おっさんの札は100ソルとでかすぎてビール代も払えず、
俺がビール代を払って、店を出た。



ま、バス代は安くついたし、俺もビール飲んだからいいんやけど・・・。





その後は、部屋で日記を更新したり、ご飯を食べるために
近くの店に行ったりと、ホテルとレストランを往復したくらいで、
ほぼ部屋の中にいた。




明日はついにリマ。



ついにマチュピチュが見えてきたぞ!!
2010..09 ペルー comment0 trackback0

5/11(火) ひさびさに日本人旅行者とリマ観光

昨日トルヒージョを発ったバスは、今朝リマに到着した。
ペルーに入ってはじめての大都市。


オラすっげぇワクワクしてきたぞ!!!(by 孫悟空)




そんな気分だった。



それが理由なのか、長距離バスターミナルから、
Hotel沖縄(日本人宿)までの約2kmは、全く辛いとは思わなかった。


大都市のセントロなのに町はとても綺麗。
その辺にゴミをポイポイすてる人たちやのに・・・。

と思っていたら、ホテルに行く途中に掃除のおばちゃん軍団を見かけた。
あーそっか。だから町が綺麗なのか。



沖縄という有名な日本人宿に到着したが、チャイムを何回鳴らしても人が出てこない。
諦めて、その沖縄近くの、Hotel San Franciscoへ向かった。
住所が、Asangaro127である事は事前に調べていたので、それを元に歩いたが、とても近かった。


そっちはフロントが開いていて(当たり前だ
すぐにチェックイン。料金も14ソルと、納得の安さ。
これでネットが無料なら言う事なかったのだが、ネットは有料らしい。
ま、キッチンもホットシャワーもあるし、かなり綺麗だったから、文句はない。


部屋に行くと、日本人旅行者がいた。
俺と同じく仕事をやめてきたH君は、ラテンアメリカ好きということで、
アメリカ大陸にしぼって旅行をしているらしい。
スペイン語は、日本にいるときに独学で学んだとのこと。


少し話し、博物館や、日本からの移民の人の施設である、日秘文化会館に行くとのことなので、
一緒に行く事になった。


DSC_8396.jpg
ショップやレストランが並ぶラ・ウニオン通り


ミニバスに乗って、まずは国立人類学考古学歴史学博物館へ
(ミュージアムの日本語訳ぜったい違和感あるやろ・・・)



博物館は俺は行かないこともあるが、ここはペルー最大らしく、
プレ・インカ時代の展示品も多いという事で興味があった。

DSC_8303.jpg
プレ・インカ時代の脳外科手術と、その後の骨の成長後

DSC_8304.jpg
繊細なデザインの土器

DSC_8305.jpg
これはあかんやろ



博物館を見終えた後は、日秘文化会館へ。
建物の中には、レストラン、食堂、図書館などがあった。


で、気になるのは図書館にどんな本があるか?


ジョジョ、スラムダンク、ドラゴンボール、ワンピース、などなど、
ここにいるだけで1日はぜったい潰せる!!!


ま、今回はデスノートの最終巻だけ読んで、会館内の食堂へ。
寿司をメインにしているこぎれいな所と、純和風の食堂といった雰囲気の所があったが、
寿司メインの店の、定食を食べることに。それが9ソルと中では一番安かったから。



だが…出てきたのは、ご飯、肉、ポテトと、完全にペルー料理!!!



おいおい…空気読めよお前ら!!





ここは日本の文化会館だろ!!??
その中にある、日本料理を出す店の定食が、なんでペルー料理やねん!!!




ということで、巻き寿司を追加注文した。

DSC_8320.jpg


ゴマの味しかしない。



寿司よりも、ガリがめっちゃ旨い!!!!
わさびがうまい!!!



ガリを食べ、大して辛くないワサビを舐めてた。




飯を食べたあとは、近くにあるワカ・ワヤマルカへ。
リマ文化の時代に建てられたピラミッドなんだが、それが何と街中にある。

DSC_8322.jpg

DSC_8323.jpg
ピラミッドの頂上からサン・イシドロ地区の眺め


ただ登っただけで、特に何も感じず。


この後は、サン・イシドロ地区をぶらぶらして、ホテルへ戻った。
ホテルへ戻る途中、スーパーでここ3日間のご飯を購入。

ただ、悲しいことにパスタを自分で作っても、1日4ソルほど。
小さい都市ならこの値段で食堂でご飯が食べられる。




物価安くないなーペルー。




この日は晩御飯を作って食べ、布団の上でしばらく横になるつもりが、
そのまま眠りについたのであった。(よくあるパターン
2010..11 ペルー comment0 trackback0

5/13(木) 沈没日和

明日はナスカに行く予定なので、
バス会社を何社か巡ったところ、Flores社が一番安くて30ソルだった。
(本当はメキシコなんとかって会社がもう少し安いらしいが、遠いらしいので行かず)


その後は、バスで日秘文化会館へ行き、図書館に行ってマンガの本を読み漁り。



これぞ沈没。




ドラゴンボールを読み、
金田一少年の事件簿を読み、
エンジェル伝説を読んで爆笑し、
スラムダンクを読み、



とまぁお前それペルーに行ってまですることか!!!!
とツッコまれそうな過ごし方をしてた。




やっぱりマンガは日本やな!!!!




マンガを読んだ後はまっすぐホテルに戻り、
いつもどおりパスタを作って食べ、眠りについたのであった。





こんな日もあるよってことで。
息抜きです。息抜き。




旅自体が生き抜きちゃうんかいと言われると、言い返しようがない・・・
2010..13 ペルー comment2 trackback0

5/15(土) ナスカで地上絵を見ないで観光

◇前回の日記からここまで

リマは5/14にチェックアウトし、バスでナスカまで移動。
ナスカでは、ロンプラに載っている、Hotel Alegriaに宿泊。
バスがナスカについたとたん、客引きが数人、ホテルを紹介してきたので、
「Alegriaに行く」というと、日本語で"タカイ"とのこと。
が、そんなやつらはもちろん無視してAlegriaへ。
値段はドミで20ソル。プールがあり、Wifiも使える。
リマではほぼネットをしなかったので、ホテルにチェックインして、
地元の食堂に行った後は、ひたすらネット。

◇ここからが日記

ナスカに来たのは、地上絵を見るためではなく、
パレドネス遺跡と、墓地跡を見るために来た。

ナスカといえば地上絵だろ!といわれそうだが、個人的に地上絵は全く興味がなかった。
ナスカの地上絵は、セスナに乗って空から地上の絵をみるというツアーが一般的だ。
だが、それはそれを描いたインカの人たちはおそらく見ていない景色だろうし、
見ても「ふーん」で終わりそうだったからだ。


ということで、まずはクスコに向かう飛脚の宿だったらしい、パレドネス遺跡へ。
遺跡には歩いて30分くらいで到着。入場料は10ソルなのだが、
部屋のリュックの中に財布を置き忘れてきた!!!
小銭はポケットに入れているので、それで払えばよいのだが、
全部足しても3ソルちょいしかない。


その3ソルを出し、

「ごめん、これだけしか持ってない」と、悲しそうな顔で訴えると、
「OK」と返事が。




お、助かった!!!
歩いてホテルまで戻る手間が省けた!!!



ということで中へ。
中へというか、どこからでも入れそうな感じ。
俺はご丁寧にも、小さい建物に入ったから入場料を払ったけど・・・。

DSC_8398.jpg

遺跡はほぼ倒壊しているが、建物の大きさを想像するくらいはできる。
この広さだと、ドミトリーかな。飛脚たちは、ここで情報交換したんだろうなー。
同じ仕事の者同士、仕事の話で盛り上がったかもしれないし。


この遺跡の近くに、水路があり、そこまで歩いていこうとしたのだが、
少し歩いても到着しないので諦めた。
ガイドブックによると、ナスカ文化の時代に、30kmも離れた山から水を引いてきたとのこと。
その水は今でもナスカ地方で使用されているらしい。
プレ・インカのナスカで築かれたものが、現代でそのまま使えるなんて、
どれだけ高い技術を持っていたのかがうかがえるな。


遺跡自体はさほど大きくなかったので、
歩いてまっすぐホテルまで帰った。

さて・・・やる事がなくなった。
ということはチェックアウトだな。
ただし、このホテルのチェックアウト時間はとうに過ぎている。
だめもとでチェックアウトできるか聞いてみて、チェックアウトできたら
バスの時間を確かめて、チケットを確保してからチェックアウトしよう。


ということでフロントで聞くと、すんなりOK。
ということで、バスターミナルへ行く。
ホテルのほぼ目の前なので、すぐに到着。


何社かまわり、ナスカからクスコまでは、80ソルが安いことがわかったので、
Palomino Wari社でチケットを購入。
6:30PM発なら70ソルだったのだが、7時からプラネタリウムを見たかったので、
9:30PM発のチケットにした。

その後すぐチェックアウトし、荷物を預かってもらい、
その後はずーーーーっとインターネット。
しっかり日記を更新する日を作っておかないと、どんどん遅れていく・・・。



7時頃になり、プラネタリウムがあるHotel Nazca Linesへ。
そのまんまやないか!とつっこみたくなる名前のホテルやな・・・。

ホテルのフロントでしばらく待ち、プラネタリウムへ。
NYの自然史博物館のプラネタリウムと比べると・・・

って世界一と比べたらあかんな・・・。
ま、でも俺が前みたやつってそれやから、どうしてもしょぼく見えてしまう。

英語ガイドで、半分もわからなかったが、
ナスカの地上絵はナスカの神の星座を意味しているらしい。
そら空には星が無数に輝いてるから、そこからナスカの地上絵と
関連させようとしたらできるわな。

と、生涯にわたりナスカの地上絵を研究していた人が導き出した結果を、
そんな風に考えてた。なんてバチあたりな俺。


ま、それでもナスカの地上絵をプラネタリウムで見られて、大満足やった!!


地上絵を見た後は、同じくネットをして時間をつぶし、
9時ちょい過ぎにバス乗り場へ。



だが、9時半をすぎてもバスが来ない。
おかしいと思ってチケットを買ったオフィスの人に聞くと、

「タクシーで別の方のオフィスに行け」とのこと。

はぁ?



なんでバスターミナルにオフィスがあるのに、
そこにバスがこーへんねん!!!!
そんな分かりづらい場所にオフィス作るな!!!!
俺やって、普通に町にオフィスがあったら、ちゃんと乗り場聞いとるっちゅーねん!!


あーイライラする!!
でも、仕方ないのでそのオフィスまで移動。
そこで、30分以上待って、ようやくバス到着。

どんなけ遅れとんねん!!
まぁ途中で客を乗せまくったから、遅くなったんやろう。
チケットが安かったから、どうせそんなこったろうと思っていた。

俺の座る席に誰か座ってるし、絶対そうや。
俺も適当にあいている席にすわった。


絶対適当な会社やここ・・・
そう思っていたが、ちゃんと中にいる人の人数を数えている。
ってことは途中で人乗せたわけじゃないのか・・・。

バスは朝8時くらいまでノンストップで移動。
その間、俺は原因不明の体調不良に悩まされ、すごいしんどかった。
なんやろう、ただの車酔いかなー。
子どもの時によく車酔いにかかったけど、大人になって酔わなくなったのに。
空気薄いとか関係あるのかな?

DSC_8408.jpg

DSC_8409.jpg
朝に休憩したところ。のどかな風景

朝になると、なんと!!!
パンとサンドイッチとコーラとコーヒーが出てきた!!!
安いくせにサービスいいやないか!!
暖房も効いてて全然寒くないし、いい会社やった。

バスから外に出てしばらくぶらぶらしていると、
気持ち悪いのは治った。じゃただの車酔いだったのか・・・。


約1時、バスはクスコのバスターミナルに到着した。


つづく。
2010..15 ペルー comment0 trackback0

5/17(月) 高山病防止という名の元に沈没 in クスコ

◇前回の日記からここまで

クスコのバスターミナルに到着後、約1時間かけて歩いてペンション八幡へ。
ペルー人カップルに、ホテルの前まで連れて来てもらったので、迷う事なく行けた。
ただし、クスコは標高3399mもあり、ちょっと歩いただけで息が切れた。

その当日は何もせずテレビを見たり、漫画を読んだり、情報ノートを見たりしていた。

◇ここからが日記

朝6時頃に目が覚める。
めちゃくちゃ寒い!!!!凍え死ぬんじゃないかってくらい寒い!!
トロントはもっと寒いけど、あそこは建物内は天国やからなー。

とりあえず、枕元にある"美味しんぼ"は全て読んだので、
部屋を出てそれを本棚に直し、続きの巻を数冊持って再び布団の中へ。


そんなことをしていると10時を過ぎた。



いやーマンガはホントいいねぇ!!!
美味しんぼを読んでたらお腹がすいてきたので、近くのパン屋さんでパンを買い、
部屋に戻る。


ここ八幡は情報ノートが充実していて、なんと"食い物編"という、
食べ物に関する情報がかなり充実している!!!!
ロンプラに載っている宿に行くと、英語の情報ノートがたまにあるが、
日本のものほど充実していない。日本人の情報ノートが一番だと思う。

今朝行ったのは、その中で"おいしいクロワッサン"と紹介されている店だ。


ただし…値段がものすごく高かった。
地元のパン屋が、6個くらいかっても50円もしないのに対し、
ここはクロワッサンとチョコレートのはいったパン1つずつで、150円ほど。

パンを買った後は、まっすぐホテルに戻り、
お湯を沸かしてコーヒーを飲みながらパンを食べた。
確かに、情報ノートに記載のあるとおりパンがおいしい!!!
日本のおいしいパン屋さん並や!!!


パンを食べたあとは、地元のメルカド(市場)へ。
クスコには市場がたくさんあるが、その中でも野菜が充実しているというところへ。

中に入ると、果物のコーナー、野菜のコーナー、穀物のコーナーなどに別れていた。
ホテル近くのMegaとかいうスーパーは、野菜がぜんぜんなかったからなー。
メルカドで、玉ねぎ、いも(何芋かわからない)、にんじん、お米200gを購入。
計200円ほど。さすがメルカド、安い!!

帰りの途中で、肉屋を見つけたので、70円くらいでソーセージ8本のセットを購入。
これで、ここ数日の夕食が出来た!!


ホテルに戻り、次は情報ノートでマチュピチュの行き方を調べる。
マチュピチュの行き方について少し説明しておくと、まずは、マチュピチュに一番近い、
マチュピチュ村まで行く必要がある。
俺が今いるクスコからマチュピチュ村まで電車で行けるのだが、料金が馬鹿高い!!!
往復だと約80ドル(約7200円)はかかる。


ということで、クスコからマチュピチュまで、直通電車を使う以外の方法だが、
おもな方法は下記。


①若干ラクチン:途中までバスで行き、そこから電車でマチュピチュ村まで

・クスコ→ウルバンバ(バス)
・ウルバンバ→オリャンタイタインポ(バス)
・オリャンタイタンポ→マチュピチュ村(電車)

料金:往復で約66ドル(6000円)

長所:クスコから電車で行くよりちょっぴり節約できる。
短所:バスの乗り変えが必要&これでも安いとはいえない。

②少し歩く:途中までバス(ミニバン)とゴンドラで行き、3.5h歩いてマチュピチュ村まで

・クスコ→サンタマリア(バスかミニバン)
・サンタマリア→サンタテレサ(ミニバン)
・サンタテレサ→ゴンドラ乗り場(タクシー)
・ゴンドラ乗り場→対岸(人力のゴンドラ)
・対岸→水力発電所(イドロ・エレクトロニカ)(徒歩)
・水力発電所→マチュピチュ村(徒歩)

料金:往復で約20~30ドル(約1800円~2700円)

長所:料金をかなり節約できる。
短所:乗り換えが多い&乗継にもよるが片道約10時間かかる&早起き必須

③歩くの大好き:途中までミニバンで行き(or歩き)、8h歩いてマチュピチュまで

~省略~

料金:往復で0~6ドル(約0円~540円)
短所:死ぬほど歩く。途中で警官に見つかると引き返す必要があるらしい(未確認)




俺は②の少し歩く方法を選んだ。
①は最初から選ぶ気はなかったのと、③の8hも歩けないので。
前はゴンドラに乗らなくてもよかったらしいのだが、豪雨で道がなくなり、
今は使う必要があるらしい。行き方をメモし、荷物を片付け始めた。
マチュピチュに行っている間は、荷物をホテルに預かってもらうので。


荷物をまとめ終え、近くのスーパーへ。
マチュピチュ村では、水や食べ物が高いらしいので、食料を持っていくためだ。
水3.5リットル、パン6個、おかし数袋を購入。


その後はホテルに帰り、ひたすら美味しんぼを読む。
明日マチュピチュに行くので、ここで高山病にかかると出発できない。



しゃーないなー。


マンガ読むしかないなー。



という事(笑)




夜に夕食を作って食べた後、8時頃にいったんチェックアウトし、
荷物を預かってもらった。これで後は出発するだけ。




さて、明日は無事にマチュピチュ村までいけるのだろうか・・・。






おまけ:クスコの夜景
DSC_8429.jpg

DSC_8431.jpg

おまけ:アンティークチョ(牛のモツ)。激うま!!4ソル(約150円)。
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2010..17 ペルー comment0 trackback0

5/18(火) マチュピチュまでの長い道のり

朝5時半頃に起床し、バナナとパンを食べたあと、すぐにホテルを出た。
バス乗り場の名前は知っていたが、場所がわからなかったため、タクシーを拾う。
こんな朝早くだが、観光客がたくさんいるクスコなので、苦労しなかった。

バス乗り場へは、6時少し前に到着。
情報ノートによると、乗合タクシーが出ているらしいが、
ミニバンしか見あたらない。
しかも、料金は乗合タクシーだと15ソルと聞いていたのに対し、ミニバンは倍の30ソル。
30ソルといえば、マチュピチュ村までに使う片道の料金という事もあり、
めちゃくちゃ高く感じた。


ミニバンの運ちゃん「ラピッドだ。4時間で着く」

なんで同じ道を、乗り合いタクシーより2時間早く着けるねん。
ウソはもっと上手くつけ!!

ということで、ミニバンには乗らず、そこから少し歩いた場所にある、
バスターミナルに行き、バスが出ているかを確認した。


しかし…




「バスは3日後までない」




え?なんなんその3日後って数字?
バス会社がそんな数日もサボってよかとですか????
マチュピチュに行く観光客は絶対おるよ!!!
たとえば、ほらここに!!!!!



何度聞いてもないと言われ、その辺にいる人に聞いてもないと言われ、
でもホテルにもう1泊するよりは、ミニバンで行ったほうが安いので、
サンタマリア行きのミニバンに乗った。


ミニバンは7時頃に出発し、4時間半でサンタマリアに到着した。
サンタマリアに着くと、次に向かうサンタテレサ行きのミニバンがまた見当たらない。
少しあるいて見つけはしたが、客が集まるまで出発しないとのこと。


仕方ないので、サンタマリアの町で待つ。
町というか、ものすごく小さいので、村といったほうがしっくりくる。
その村の中心で、何か集会のようなものが行われていた。


それがおわるな否や、数人がでかい石などで、僕がさっききた
クスコからサンタマリアへの道を封鎖しだした。


ん???なんなんやあれ????



こんなことすると、サンタマリアには来れなくなるけど???



石で道をふさいでいるので、バイクだとその間をすり抜けられるのだが、
すり抜けると村人に石を投げつけられていた。



あっかん・・・絶対何かあるわこれ!!!



ま、でもあそこはさっき通ったし、俺は関係ないか。




ということで、ミニバンに乗り込んでサンタテレサまで行き、そこからは
タクシーでイドロ・エレクトロニカ(水力発電所)まで。


イドロまでというとOKと言われたので安心していたが、
やはりその途中のゴンドラ乗り場で下ろされた。


やっぱ道は崩れていていけないのか。
遠くをみると、通れないようにふさがれていた。


ということで、ゴンドラ乗り場へ。
噂には聞いていたが、やはり人力であった。
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こうやってロープをひっぱらないと進まない。



俺は、ペルー人のおっちゃんと一緒に乗り、後ろの俺はただ景色をみていただけ。
おっちゃんは前で必死にロープをひっぱってた。




オラオラ!おそいぞセニョール!!!!


対岸に着き、岩場をくだる。
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手をつかわないと危険な岩場


降りた後は、道にそって歩く。
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約45分歩いたところで、チェックポイントがあり、
そこで名前や出身国を書き、さらに進んだ。


さらに進むと、線路が見えたので、「やったー後はこれの横を歩くだけやん!」
と思っていたが・・・なんと・・・






線路切れてますた…




ええええええええええええええええ



ちょ・・・困るんやけど!!!!!!!!!!!




線路は切れているが、道を登れば頑張って先まで進めそうなので登ってみた。
が、本当にこんなところを通るのかは非常に疑問だった。

さらにその道も途中で切れており、目の前にあるのはジャングルのみ。




え・・・ここ行くんですか???



変な虫とか絶対おるやんここ。




でも、よーーく見ると人が歩いた跡がある。
おそらく何人もの人が歩いたんだろう。細い道になっている。



それを見て少し安心し、ジャングルの中をどんどん歩く。


いくら足跡があると言っても、今歩いているところはジャングルなので、
だんだん心配になってきた。


何かあれば引き返そう。
何かあれば引き返そう。

そんなことを考えながら登っていると・・・
DSC_8453.jpg


やったぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
線路のある道に出た!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



ついつい、「ぬけたーーーー!!!」と叫んでしまった。
それくらい嬉しかった。



そこから先は、落ちるとおそらく大怪我をするであろう橋を渡り、
暗いトンネルをライトで照らしながら歩いたりして2時間半…
ようやくマチュピチュ村に到着した。

DSC_8462.jpg

なんとか明るいうちに線路はぬけ、到着したすぐ後に暗くなった。
近くの人に、広場はどこかを聞くと、すぐ近くを指差した。


間違いない。俺は到着したんだ!!!
結局10時間もかかった。長い旅だった・・・。


広場に出た後は、宿を確保するため、情報ノートに乗っていた宿に向かう。
まずは一軒目、Hotel Los Incas。

そのホテルに向かう途中、八幡で一緒だったHさんに会った。
彼は電車でマチュピチュ村に昼頃到着し、疲れていたため宿で休んでいたとのこと。
そこで夕食を一緒に食べに行こうという話になり、それまで俺の宿探しに
付いてきてもらうことになった。


Los Incasに到着し、値段を聞くと、25ソル。
情報ノートには、10ソルって書いてたぞ!!


そういうと、それは前の話だとかぬかしやがる。
25ソルは高すぎて泊まれないというと、20に下がった。


20か…設備によっては我慢するか。



一応部屋を見ると、ダブルベッド、テレビあり、ホットシャワーありだった。
何も文句はない。



が、一応めぼしをつけていたもう一軒にもいきたかったので、
そこは断って、Number Twoという宿へ。

そこは、Los Incasと比べると質素な感じなのに、値段は40から言ってくる。
20くらいまでは下がるだろうと15と言うが、ぜんぜん下がらない。



ということで、Los Incasに戻ってさっきの部屋に泊めてもらった。




部屋に荷物を置き、Hさんと飯屋へ。
マチュピチュ村は、さすが観光客が来るだけあって、何もかも異常に高い。
飯なんて15ソルとかザラ。ちょっとこぎれいだと20ソルを平気で超えている。



そんなものを食うくらいなら、断食する俺は、警官に

「安い飯屋ない?」と聞くと、
「あっちだ。7ソル」と返答が。




7ソルなら我慢できる値段だ。
警官の指差した方に行くと、確かに7ソルで定食があった。


そこに決定し、夕食を食べた。
スープ+ご飯、野菜、肉(俺は鶏のグリル)で、味はそこそこ。
量は俺はちょうど良かったが、Hさんは足らないとのこと。



飯を食べおえ、明日が早いのでHさんはまっすぐホテルへ戻った。
Hさんは明日マチュピチュを見た後、電車でクスコに戻るのだが、
俺は明日ももう1泊するので、次に会うのはマチュピチュ内かクスコという事になる。


そこで別れ、俺はホテルの前にいたおばちゃんからババナナを購入。
3本で1ソル。メルカドと比べると高いが、1ソルならまぁ我慢の範囲内。
これを明日の晩御飯にしよう。



ということで部屋に戻り、少しテレビを見たあと、眠りについた。



明日はついに待ちに待ったマチュピチュか!!!!
2010..18 ペルー comment0 trackback0

5/19(水) マチュピチュ観光

朝6時半に起きる。
昨日買ったバナナと、持ってきたパンを食べる。

なぜこんなに早起きなのかというと、
マチュピチュの中にあるワイナピチュという山に登るためだ。
そこからのマチュピチュの景色がとても綺麗らしい。l

ただし、そのワイナピチュは1日い登れる人数が限られており、
登るには早くマチュピチュに行き、ワイナピチュ登山の整理券をもらう必要がある。

ということで、7時にマチュピチュのバス乗り場に到着。
マチュピチュまではバスで20分くらいという事は知っていた。
さて料金だが・・・





"片道7ドル"




はぁ!!!!!!!!?????
この短い距離を7ドルですか???


観光客がいくら来るからって、足元見すぎやろ!!!
10ソルくらいなら払ってもよかったのだが、7ドルなんて死んでも払わん!!


ただし、マチュピチュまでは行きたいので、
歩いて何分くらいかをその辺の人に聞くと、1時間半とのこと。


なんや、1時間半やったら歩けるやん。



ということで、バスには乗らず、マチュピチュまで歩いていく事にした。



が・・・標高の高いマチュピチュ村から、さらに山道をひらすら登るため、
たった1時間でバテた。
結局、休憩したり歩いたりを繰り返し、1時間40分でマチュピチュに到着した。

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マチュピチュに着き、すぐに入り口に行ってチケットを渡す。
これは昨日マチュピチュ村で購入していたもので、金額はなんと126ソル!!!
日本円で約4000円!!高すぎるやろ!!!
と思いながらも、昨日しぶしぶ買っていたのだ。
(学生料金は半額なのだが、ズルはだめだと思って正規料金にした)


入り口で「ワイナピチュにいける?」と聞いたが、
「フル」と言われた。


マチュピチュの中から、ワイナピチュという山に登ることができ、
そこからマチュピチュの眺めがすごくいいのだとか。
ただし、この山には入場制限があり、登るためには朝早くから並ばないといけない。
俺が着いたのは8時半。どうやら遅すぎたようだ。


ま、マチュピチュをそのまま見て満足すればいいかなーとも思っていたので、
中に入りまずは上の方に登る。

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上からの眺め


さすが山の上に築かれていただけあって、すごい綺麗に残ってる!!!
単に山の上に遺跡があるとうだけじゃない。

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市街地への問

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綺麗に残る居住区

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高い技術で作られた水路


特に目を引かれたのは、石造りの建物。
ただ石を積んであるだけなのだが、石の形が綺麗で、
かみそりの刃も通さないとガイドブックに書いてあるがまさにその通り(の所もあり)
しかも、ただ石を積み上げて丈夫な建物を築く事は、現代でも難しいらしい。
すげぇなインカ帝国!!

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がけ崩れ防止のために段々畑を作ったことに驚いたり、
はやりなんといっても、ここにかつて国があって、人々が生活していたことが、
容易に想像できるのが一番良かった!!


一通り見終えた後は、なるべく邪魔にならない段々畑で昼寝。
貴重品は財布くらいだし、遺跡の中はまぁ安心だろうと思って。

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マチュピチュでくつろぐリャマ

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せっかくなので記念撮影



結局、4時間半くらいマチュピチュにいて、その後は来た道を歩いて戻った。
帰りはただ下るだけなので、超ラクチン!!
休憩なしで1時間20分でマチュピチュ村に戻った。


マチュピチュ村に戻った後は、これまでの疲れを癒すためと、
明日も歩くので、それに備えて温泉に行った。


マチュピチュで温泉かー!!!
と期待に胸膨らませて行ったのだが・・・




お湯じゃない!!!どこもぬる過ぎる!!!
しかも虫が浮いたり沈んだりしてるし!!
全然くつろげない!!むしろストレスたまるわ!!


逆に気持ち悪くなって、すぐに出た。
温泉内にあるホットシャワーをしーーーっかり浴びて、ホテルへ戻った。


ホテルでは、バナナとおかしを昼食にして、
後は部屋でずーっとテレビを見てた。




夜が近づくとお腹が空いてきたので、メルカドの2階にある食堂へ。
フライドポテトと肉、野菜を炒めた定番料理、ロモサルタードを食べ、部屋に戻った。



部屋に戻り、シャワーを浴びた後は、すぐに眠りについた。
明日もしっかり歩くので、しっかり休息しておかなければ。
2010..19 ペルー comment2 trackback0

5/20(木) マチュピチュからクスコまでの超長い道のり

朝6時頃に目が覚める。
昨日、2泊分の料金は払っておいたので、朝食を食べた後、すぐにホテルを出た。

来た道を引き返すだけなので、何も楽しくないが、
この道じゃないと料金が高くなるので、諦めて線路横を歩いた。

朝なので、とても涼しい。
ってか寒いくらい。
だけど、俺は歩いているので、ちょうどいい。



順調に歩いていたのだが、15分くらい歩いた所で、トイレに行きたくなってきた。
しかも大の方。
後4時間くらいしないとトイレはないので、とりあえず我慢できるところまで行く。



さらに15分経過。
あかん・・・もう我慢できへん。
トイレさが・・・ってそんなもんあるわけない!!!
だって線路歩いてるんやもん。



俺は偶然にもトイレットペーパーを持っている。
ホテルで渡されたトイレットペーパーを持って帰ってきたのだ。



辺りには誰もいない。





やるか??





野●ソを・・・




小学生の頃、オヤジと山にキャンプいった時は、
何も気にせず、穴をほって即席トイレを作っていたが、今は状況が違う。
でもそれしかない。



まず、くねくね道になるまで歩き、そこで少し深い穴を掘る。
トイレットペーパーを使いやすい大きさにちぎり、
前と後ろに人がいないか走って確認しに行き、






20秒で終わらせますた。





ペルーまで来て何やってんだ俺?
まぁ、穴に埋めたし大丈夫だよね?




その後、野良犬に吼えながら近づかれたので、
日本語で叫びながら石を投げたら、逃げていった。



その後は特に問題なく、行きしなと違う道でなんとかゴンドラまで戻った。
ここまでくればもう安心。
あとはミニバンとか乗るだけやもん。
お疲れさーん俺!!!






となればよかったのだが・・・




サンタ・テレサという所までは順調に行き、
そこからサンタ・マリアという村までもいけたのだが、
サンタ・マリアからクスコ行きのバス、ミニバンがない。



「なんでないの?」とその辺の人に聞くと、

「パーロ」


パーロ?なんじゃそれ??



で、俺がわからんような顔をしていると、
大きな石や木などで道を封鎖してあるところを指差し、再び

「パーロ」と言った。




あぁ、わかったぞ。



これストライキやな!!!
情報ノートで見た気がするわ。




でもあかんな・・・こんな町で1泊したくないし、
というか、俺ここにちょうどの金しか持ってきてないから、
宿代によっては1泊できへんかもしれん。

というかクスコに帰りたい。
こんなとこいやだよーーー!!!



どうしようもなく、サンタ・テレサの町のクスコ側まで少し歩くと、
同じようにクスコに行きたい人がたくさんいた。


最初は彼らと一緒に待っていたが、
全くどうにもならない。色んな人に話を聞き、


「マイバンバまで行けばバスがある」


という事がわかる。



マイバンバ?なんなんそれ??


で、そのマイバンバまではどう行ったらいいの?


「モトタクシーで20ソル」



20ソルも余裕ないわ!!!
日本円にして300円しか余裕がない俺。



しゃーないな、最後の手段や。


おれ「マイバンバはどっち?」
村人「この道をまっすぐだ」
おれ「歩いて何時間?」
村人「とても遠い」
おれ「ありがとう」


ん・・・とても遠いじゃわからん。


その後も情報収集をして、

「ウイロまで行けばミニバンがあるかもしれん」

という情報をゲット。
そこまでは11kmなのだとか。



よし、歩いていこう。
道は同じで、マイバンバまでの途中がウイロらしい。


DSC_8532.jpg
こんな道。つまり山道



歩いている途中、欧米人とよく会った。
会った時に彼らと話す会話は決まっていて、

俺の質問「ウイロまでここから何分くらい?」
欧米人の質問「サンタマリアまで歩いて何分くらい?」

こんな風に、お互いにあと何分か聞きあい、少しでも気持ちを楽にしてあるいた。

歩いている途中、ウシロからモトタクシーがきたので、

「どこまで行くの?ウイロ?」と聞くと、
「そうだ」とのこと。


「5ソルしかないけど載せてください。ポルファボール」
(160円くらい)


若い兄ちゃんは少し考え、OKとのこと。
ちなみに、この5ソルとは、この後水を買う事も考えて、俺の精一杯だ。

なぜストライキなのにモトタクシーがあるのかというと、
道のふさぎ方は結構荒くて、その間をバイクですり抜けられるからだ。
バイクに乗せてもらい、なぜパーロしてるのか聞くと、
「石油と食料が高くなってるから」とのこと。
あ、そういうことやったんや。


その後も色々話ながら、期待している一つ目の村、ウイロへ到着。
到着したが・・・


DSC_8531.jpg
これ道ふさがれとるがな・・・。
期待できへんな。



試しにその辺の人に、クスコ行きのバスがあるか聞くと、
「ノーアイ」(ない)とのこと。


でもこのとき、俺はまだ諦めていなかった。
だってここはマイバンバじゃないんやもん。
マイバンバまでいけばバスがある!


ということで、そこからさらに1時間歩き・・
ようやくマイバンバ到着!!!



やったー!!!
終わった!!!!
これで帰れる!!!!


が!!!



DSC_8533.jpg
マイバンバ



お・・・い・・・この石なんですか??????
パーロですか?

「シー」




知っとるわ!!!
なんでやってるのか理由も知っとるわ!!




ちょ、めっちゃ期待してたのに。
マイバンバという知らない町を、楽園だと思ってきたのに・・・。



諦めて、さらに少し歩こうとすると、ミニバン発見!!!



俺「ア・ドンデ?」
おっちゃん「クスコ」


え????
今何て言いました???

俺「クスコ?」
おっちゃん「シー」






やったー!!!!
こんどこそ終わった!!!
これで帰れる!!




いやー山道歩いたり、石があるところまたいだり、ホンマ大変やった。
ただクスコに行きたいだけやったのに、超苦労した。



で、今は4時。
さて、何時出発ですか?アケオラサレ?


「セイス・メディア」(6時半)





はぁ!!!?????
今4時ですよ?


疲れすぎてて、質問のはずが若干キレながら、


おれ「ポルケ!!!!」(なんでやねん!)
おっちゃん「客がいないから」



あ、そっか。
そうだよね。おっちゃんも仕事だよね。


おっちゃん「100ソル払ってくれたら今すぐいく」




そんな金がないからここまで歩いてきたんじゃ、このボケ!!!!




結局、こんな状況でも値切り交渉を行い、
30ソルから25ソルまで下がった。



で、そこからずーーーーっと待つ事2時間、
バスはクスコに向けて出発した。



やったー!!!
後は帰るだけや!!!


だが心配事がある。
6時半にバスは出発。おっちゃん曰く「4時間かかる」とのこと。


ということは、10時半にクスコ着。
そこからタクシーでホテル近くまで行くから、10時45分。



そんな時間にホテル入れるか?


ピンポンならして誰も来てくれへんかったら、それこそ終わりや。








で、おっちゃんは客が少ないもんやから、
いろんなところで停まりまくり、結局10時45分にクスコについた。


残金28ソル。


途中でミニバンの運ちゃんにパンを貰ったから、1ソル追加して26ソル払った。
残り2ソル。


俺「プラサ・デ・アルマスまでいくら?」
タクシー「3ソル」


3ソルはそんなもんです。
俺2ソルしかない。


俺「2ソルでポルファボール」
タクシー「ノー」


1ソルくらいええやんけ!!!ケチ!!!

俺はミニバンの運ちゃんのところに行き、

「1ソル」

といって、本当はパン代として払ったんだけど、返してもらう。
それをあわせて3ソル。


金はそろった!!!


タクシーでアルマスまで移動。
さすがに都会だけあって、夜11時でも観光客がたくさんいた。
俺は歩いてホテル八幡まで行き、チャイムを鳴らした。



誰か出てきてください。
でないとドアをたたきまくります。




すぐに人が出てきた。
出発前に少し話したことのある宿泊者だった。


「てっきり泊まってくるのかと思ったよ」


だよねー。ストライキで道がふさがってるのに、
ふさがってないところまで歩くなんて考えないよねー。


とりあえず、寝床がほしいので、
夜の11時でオーナーの家のチャイムを鳴らし、チェックイン。


するとダルそうにおばちゃんが出てきた。



なんとかチェックイン完了。
預けていた荷物も、ちゃんと全部帰ってきた。






いやー苦労した1日やった!!!



今日だけで6時間は歩いたな。
もう当分歩きたくない。
2010..20 ペルー comment2 trackback0

5/23(日) 沈没してたクスコからプーノへ

朝7時に目が覚める。
ようやくクスコから出る日が来た。


というのも、マチュピチュから帰ってきてから、計3泊もしてしまった。
しかも何をするわけでもなく、マンガの本を読んでた。
恋愛モノは、嫌な事思い出すだけやった。



歩いて1時間でバスターミナルまで行くつもりが、
歩く気を失くして、結局タクシーで行った。



バスターミナルに着き、昨日購入していたバスチケットを見せる。
チケットを買ったとき、これはチケットではなく、
チケットと変えないといけないと言われたからだ。


そんなシステム聞いた事なかったけど。


で、チケットを返る際や、オフィスからバスターミナルまで出る際に、
不思議な請求をされたが、全て断った。



10時15分にクスコを出たバスは、5時ごろにターミナルに到着。
そこから、タクシーで、めぼしをつけていた、Hotel マンコ・カパック・インへ。
(マンコ・カパックはインカ帝国の初代国王の名前)


宿代は15ソル。
Wifiあり、ホットシャワーあり、シングルルーム。

最高やん!!!


しかもホテルの人ちょっと可愛いし。



即決定。
そして、情報ノートを読ませてもらう。



俺がここプーノに来たのは、ウロス島という浮き島に行くためで、
そことタキーレ島に行くツアーは、ホテルで申し込んでも安いらしい。


ということで、ホテルで明日のツアーを申し込んだ。




その後、お腹がすいたので夕食をとるため町へ。
少しぶらぶら歩くと、なんと!!3ソル(約110円)のレストランを発見!!!
しかも、スープ、メイン、お茶、デザートつき。
中は地元のお客さんでいっぱい!!!観光客はみた感じおらん。
…そこにする。


DSC_8547.jpg
スープ

DSC_8549.jpg
メイン



めっちゃうまい!!!!
これまで、いくら安くてもスープ付きは6ソルはした。
それがここだと3ソル!!
しかも旨い!!!



店員さんは、急がしそうに店内を走り回っていたり、
ニヤつきながらテレビを見ていたりしてた。



俺は大満足でホテルに戻り、少しインターネットをして、眠りについた。
2010..23 ペルー comment0 trackback0

5/24(月) ウロス島、タキーレ島ツアーへ

目覚ましで6時に目が覚める。
昨日、ツアーに申し込んだ時に、6時45分にフロントに来てと言われたからだ。
部屋で、昨日道で売っていたパンを食べ、水を飲んで朝食をすませた。

時間になり、ミニバンがホテルに到着した。
俺はそれに乗り込み、ミニバンは港へと向かった。

車内を見ると、ツアー客は俺以外ほぼ全員欧米人。
やつらはチップやオプションサービスに惜しみなく金を払うから、一緒だと嫌なんだよなー。
(俺1人だけ払わない状況になると、客引きがウザい)

港に着き、そこそこ大きなボートに乗り込み、
まずは1人の男性が前で音楽を奏でる。


で、その人はツアー関係者ではなく、欧米人はもちろんチップを払ってた。
無理やり聴かされてそんなん払いたくないわ。
だがその男は、俺の前で立ち止まったままなので、仕方なく1ソル払った。


ウロス島に到着するまで、ガイドがウロス島の説明をする。
ウロス島は、土に棒を差し、それを紐で縛って土台を作り、その上に葦を
積み上げた島で、小さな島の集まりを、総称してウロス島というらしい。
水につかった葦は腐ってくるので、随時島に葦をのせて生活しているらしい。

DSC_8555.jpg
ウロス島に到着

ウロス島の中の一つの浮き島に着き、
どうやって浮き島を作るのかを、ガイドと島の一番偉い人から説明を受けた。

DSC_8561.jpg
島の土台

DSC_8567.jpg
葦をのせてできあがり


浮き島の作り方を聞いた後、トトラ舟についても話があった。
トトラとは葦のことで、インカの時代から漁などで使われいるらしい。
そして今は、トトラ舟を横に2艘並べ、上を木で固定して大きな船を作り、
島の人たちはそれをメルセデス・ベンツと読んでいるらしい。


丈夫=ベンツなんか?
ってかほんまかいな?
確か大きい船も何か名前あったはずやぞ。

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トトラ舟≒メルセデス・ベンツ

その後は自由時間。
といっても、1つの島自体は小さく、あまりする事がない。

DSC_8573.jpg
島全体

DSC_8580.jpg
島の断面


そして悲しいことに、島はしっかり観光地化されていて、
トトラの家の前では、各家庭で作った土産物が並べられていた。
ま、俺達観光客が行くからこうなったんやろな。
仕方ないな。


ウロス島を見終えた後は、対岸の島までベンツで渡ることに。
それはプラス10ソル。おっかしいな・・・5ソルって聞いてたけど。
でもそんなことを考えているのは俺だけのようで、みんなとっくに乗り込んでた。

俺はインカの人たちが乗ったトトラ舟に乗りたかったんやけど、
これは正直、違う。舟の上の木が、釘で固定されている時点で、げんなりした。
(木どうしを固定するためのもの)


対岸に渡り、何をするわけでもなく、すぐにボート到着。
次は、浮き島ではなく、同じくチチカカ湖に浮かぶ、タキーレ島へ。


島までは約2時間かかった。



島に着き、まず行ったのは、ツアーガイドの”アミーゴ”らしい一軒のお宅。
アミーゴとかあやしいな。
まずは、彼らに古くから伝わる踊りを披露してもらう

DSC_8591.jpg

DSC_8595.jpg

その後は飯。
今度こそどっか行こうと思ったが、時すでに遅し。

別のツアー会社なら、これはオプションだから食べなくてもいいと、
しっかり言ってくれるらしいが、ここは違う。

「20ソルでーす」


たか!!!
ペルーにきて20ソルの飯なんか食べたことないよ??
最高でも10ソル。


DSC_8596.jpg
キヌアスープ

DSC_8597.jpg
トゥルーチャ(マス)


飯は旨かった。
てか20ソルも出してマズかったら情報ノートに文句かいてるわ。


飯を食べた後は、島の中で自由時間。
島の人たちは、皆サンタの帽子みたいなのをかぶり、民族衣装を着ていた。
色鮮やかでとても綺麗。


町の広場に行き、大きな建物があったので入ると、
土産物屋orz



もー勘弁してくれ。



しかも値段高い。
欧米人は買うんだろうな。買わなけりゃこの値段設定にはならない。
誰も買わないと値段が落ちるはず。


ヤツらは金を惜しみなく使うからなー。合わないな。
バックパッカーというと、倹約して旅している人をさす事が多いけど、
欧米人の場合は、バックパックを背負った普通の旅行者である事が多い。
(もちろん、倹約パッカーもいるけど)


タキーレ島では、島の人たちはほとんど編み物をしてた。
しかも持ち運べるようになっていて、道端や話をしながら編んでた。
それも観光客用なのかな?と思うとまた悲しくなった。


タキーレ島を見終えた後は、プーノへまっすぐ戻った。



プーノに到着する前に、船の中でガイドさんが俺に近づいてきて、
こう話した。

ガイド「質問がありますが、いいですか?」
小太郎「はい、もちろん」
ガイド「マンコ・カパックというと、日本人はよく笑います。なぜですか?」


あーそれね。
インカの初代国王ってわかっていてもね、名前がそれだと笑う人もいるか。

小太郎「マンコ・カパックなら問題ありません。ただし・・・」

俺はマンコの意味と、カパックはOpenの擬音語を連想させる事を説明した。



ガイドさん爆笑。


小太郎「そういうことです。気をつけてください」




自分で言うのもなんだが、何に気をつけたらいいんだ?



船は無事港に到着。
そこからミニバンでホテルに戻ると、フロントに旅で何度もあったEさんがいた。


まぁ、そろそろ来ると思ってたけど。


どこのホテルか言わなくても、有名なホテルには自然を人が集まる。
誰だって、安くて設備がよくてスタッフがやさしいとこに泊まりたいし。



夕飯時だったので、Eさんと町にでた。
ぶらぶら歩き、俺が昨日行った3ソルの店に行く事にした。


飯はやはりうまく、俺もEさんも大満足だった。


「こういう店を歩き方にのせたらいいのに」


Eさんがそう言った。
確かにそうだ。安くておいしい地元の店なんだし。
でもすると値段が上がり、地元民はこなくなる可能性がある。



飯を食べた後は、プーノの町をぶらぶら。
クスコからプーノまで電車が通っているのだが、その線路沿いには
2ソルという激安の飯屋が何件もならんでいた。

後は、パン屋や、パン屋の中でケーキを売っている店もちらほらあった。
俺は小さなシフォンケーキ、Eさんはチョコレートと生クリームのケーキを購入。


現地人のように、食べながら町をぶらぶら。
ん…それなりに旨い。でも日本のケーキには勝てない。

ホテルに着いた後は、すぐに眠りについた。
2010..24 ペルー comment0 trackback0

5/25(火) ペルー最後の日

この日は丸1日日記の更新予定。
その為に、ネットワークのつながりやすい部屋に変えてもらった。

昼過ぎまで日記を更新したり、
ホテルの店員の娘の遊び相手になってあげたりして過ごした。
このコは、たぶん毎日1人で遊んでいるんだろうけど、
とっても人なつっこい。
中米、南米のほとんどのクソガキ共は、「オラ!」と笑顔で声をかけても無視。
でもこの子は、こっちが声をかける前に、笑顔で「オラ!」と挨拶。
こんな可愛い子を僕も欲しい・・・・・。

ウロス島からEさんが帰ってきたので、
明日のラパス(ブラジル)行きのバスチケットをホテルで予約し、市内観光。


チチカカ湖沿いの町プーノは、メルカドや屋台が多い。
歩き方に載っていないが、もしかしたらペルー1なんじゃないかと思う。
店(屋台)は結構専門店が多くて、服、Gパン、靴下、シャンプー、リンス、石鹸など、
日用品からイヤホンなどの品までなんでもあった。

俺は、4足ある靴下のうち、3足は穴があいているので、
ここで3足購入。値段は1足2ソル(70円)。
ボリビアにいけばもっと安いかもしれないが、せっかくなのでここで購入した。


メルカドをぶらぶらした後は、住宅街の坂をどんどん上る。
チチカカ湖を見るために。


さすが標高が高いだけあって、ちょっと登るとすぐに息が切れる。
ただ道を歩いているだけだとわからないが、登るとすぐにわかる。

だいたい100mくらい登ったところから景色を見たが、とても綺麗!!

レンガ造りの家々、大きなメルカド、スタジアム、そしてチチカカ湖。
こうしてみてみると、ここが富士山よりも標高が高いとは思えない。
宿代も食費も安いし、ペルー最後の町をプーノにして、本当に良かった。


町をぶらついた後は、いったんホテルへ。
Eさんはブラジルに行くのだが、そのEチケット(のぱちもん)を作成するため。

なぜそんなことをするのかというと、
ブラジルだけでなく、アメリカやイギリス(イギリスは特に悪名高い)もそうなのだが、
その国から出国する証明(航空券、バス、船などのチケット)を、
入国時や観光ビザ申請時に見せる必要がある。


だが、いつ出国するかなんて、入ってみないとわからない。
居心地のいいところで長居するかもしれないし、すぐに出るかもしれない。


ということで、とりあえず入国だけするために、
Eチケットまがいを見せて入国してしまおうというわけ。


Eさんの知り合いが、それを作ってくれたらしいのだが、
日にちをもう少し前に戻したいということで、作業開始。


まずはPDFファイルを変更するためにフリーソフトを探したが、
ぜんぜん見つからない。

ということで、Eチケットを作る元となったメールを見せてもらう。
それはHTML形式なので、俺でも簡単に変更できた。


こう書くと簡単だが、最初のPDF編集ソフトを探すのに手間取り、
結局夜の8時くらいになった。


そこから、やはり昨日と同じ3.5ペソの飯屋に行く。
昼間とおった時は客で一杯だったが、今もめっちゃいっぱい。
空席があと2テーブルしかなかった。


ここで食べるのは3回目だが、やっぱりおいしかった。
それに、昨日と同じでニヤニヤしながらテレビを見る店員の兄ちゃんが面白い。
彼は早くテレビを見るために(絶対そうだ)、仕事を超手際よく終わらせる。
決死であせってるわけではなく、早く丁寧に仕事をする。
そしてニヤニヤ(笑)


飯を食べた後は、地元のパン屋さんで、ケーキを食べた。

DSC_8616.jpg
モカケーキ。うまい!が、生地がちょっとパサパサしてるな。
原因は…

・ベーキングパウダーが多すぎないか?
・バターをしっかり混ぜているか?

くらい?


ケーキを食べた後はすぐにホテルに戻った。
2010..25 ペルー comment0 trackback0

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プロフィール

小太郎

Author:小太郎
1982年生まれのてんびん座。
面白そうな事にはすぐに飛びつきます。友人いわく、「フットワーク軽すぎ」

性格:優しいはず
趣味:写真を撮る事、旅行(国内、海外)、ネットサーフィン、外国語の勉強
好きなもの:スタジオジブリ作品(特に耳すま、海きこ)、新居昭乃(特に空の森)、Sound Horizon、hide、洋菓子、アザーン、酒、面白そうなもの、事
嫌いなもの:ゴキブリ、高野豆腐
口癖:ぐはっ、うは、ってか、


2009年10月5日から2011年5月1日までの世界旅行記を掲載。

北米→中米→南米→アフリカ→アジアと、
基本的にバス移動での旅行記を掲載。

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