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11/1(月) ペルセポリス観光と愉快な仲間たち

え?そんな安いの?
俺は2万リアルという金額に驚いた。


場所はバスターミナル。
今夜発のエスファハン行きのバスチケットを購入しようとオフィスで、
金額を聞きにまわっていたのだが、1社だけ2万リアルという所があった。

これまで、6時間の夜行バスでも6万リアル以上はしていたので、
今回もそれくらいだろうと考えていた。実際、6万5千リアルという会社があったので、
まぁ妥当な金額だろうと考えていたが、2万とは・・・。



俺は2万リアル札を出して確認した?

俺「これ一枚?」
男「イエス。ノーボルボ」


どうやら2万リアルと安いかわりに、ボロいバスのようだ。
でも、そんなの全然かまわん。
ボロいバスなんて、これまで嫌というほど乗ってきたので、今さらボロかろうと
大して驚きはしない。それに、どうせ俺は夜行バスでは眠れないので、
しょぼくてもいい。


問題は無事にエスファハンに到着してくれるかどうかやけど・・・。


俺はチケットを購入し、ターミナルの建物の外にあるミニバス乗り場へ直行。
案外すぐにペルセポリス行きのバスが見つかったので、それに乗り込んだ。



バスは1時間後に到着。場所はおそらくMarvdasht。
ガイドブックにも、マルヴダシュトまで行くって書いてあったし、たぶんそこだ。


バスを降りると、イラン人と思われる乗客たちは、次々と乗合タクシーへ乗り込んだ。
あ、後はここから乗合タクシーか。


でも、タクシーの進む方向へ行くバスがあるし、これ途中までバスで行かれへんか?
それに、ガイドブックには約5kmって書いてあるし、5kmくらいなら歩ける。



歩くこと30分。
遠くの景色が全く変わらないので、その辺の人に聞いてみると、

「歩くだって?そこはとても遠いぞ!タクシーで行きなさい」

と言われた。これもしかして5kmどころじゃないんじゃ・・・


さらに少し歩くと、警官発見!



ヘイ、タクシー!!俺をペルセポリスまで連れて行っておくれ!


という魂胆で、わかっているのに道を聞きにいった。
あまりにも皆が優しくしてくれるから、僕は優しさに甘えるダメな大人になっていた。


「そこまではとても遠い!タクシーで行きなさい」


そういった警官は、親切にもタクシーを捕まえてくれた。
金額は1万リアル。バスを降りた時にいた乗合タクシーと同じ金額だ。



ありがとうおっちゃん・・・でも・・・いや、まぁいいや。


10数分後、無事ペルセポリスに到着した。
5kmどころではなかったけど、歩けない距離でもなさそうだ。
帰りはちょっと歩いてみよう。


DSC_1921.jpg
正門。頭部はイスラム教徒によって破壊された。

DSC_1922.jpg
双頭鷲像

DSC_1925.jpg
玉座をかかえたレリーフ


遺跡内はとても広く、さらにレリーフが美しい状態のまま残されていて、
ゆっくり見ていると、3時間くらいかかった。

DSC_1933.jpg

DSC_1935.jpg


遺跡を観光した後は、まっすぐシーラーズに帰るため、来た道を歩いて戻った。
今夜エスファハン行きのバスは22時で、まだまだ時間はあるので、
ゆっくり歩いていくか。




そう思っていたが、ペルセポリス近くで、俺の横に車が停まった。
中を見ると、若い男が4人。


男「どこまで行くの?」
俺「Marvdashtまで。そこまで行く?」
男「俺達はシーラーズまで行くんだ」

お、シーラーズまで!?ラッキー!!!
いやいや、それはさすがあつかましすぎるわ・・・。

男「「Marvdashtは何もないよ?その後は」
俺「「Marvdashtからバスでシーラーズまで行く」
男「俺達もシーラーズへ行くよ?」

あ、そうですか・・・じゃ、お言葉に甘えて・・・

俺「シーラーズまでお願いします」




ということで、俺を含めた5人は、シーラーズへと向かった。
車の中で、陽気に会話したり、イランのダンスミュージックがかかると、
運転手を含め4人が車中で踊りだしたりと、かなりテンションの高いやつらだ。



シーラーズに到着し、まず向かったのはバーガーショップ。
彼らは俺の分までハンバーガーを買ってくれ、近くの公園に座って皆で食べ、
その後は、俺がまだ行ってなかったクルアーン門に案内してくれ、
中を散歩。


門の近くの公園を散歩したんやけど、中にガリヤーン(水タバコ)やタバコをふかす女性が。
あれ、女性もいいんや??この国あかんと思ってた。

俺「女性もタバコ吸っていいの?」
男「いいけど、彼女たちは悪い人たちだよ」

でも、俺らのメンバーの1人の男がナンパしにいってるし・・・。

DSC_1946.jpg
無事電話番号をゲットできた彼



この後は、まっすぐホテルまで連れていってくれ、皆と記念撮影。

DSC_1950.jpg

いやーおもしろいヤツらやった!!!
もう1泊していきなよ、と言われたけど、この街もう用事ないので・・・。




俺はバスターミナルへ行き、エスファハーン行きのバスに乗り込んだ。
さすが2万リアルとあって、めっさ小さい。隣の席とも近いし・・・。
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2010..01 イラン comment0 trackback0

11/5(金) エスファハーンで足痛めたのはストーカーのせい

最近、ピーナッツもピスタチオも食べ飽きて、ひまわりの種を食べている小太郎です。

ひまわりの種を食べるのにはコツがあり、不器用な俺は
食べるのを躊躇していたんやけど、なんか無性に食べたくなって。

で、昨日からネットで「ひまわりの種 食べ方」とかで検索して、
一生懸命食べる練習をしたところ、不器用な人間なりに上達した!!

このまま着々とレベルアップし、中国に到着する頃には、
中国人よりも早くひまわりの種を食べられる事だろう。

そして、

”中途半端な中国語を話し、ひまわりの種食べるのが早い日本人”として
最初に訪れた田舎町で有名になり、地元の人に酒をおごってもらいながら・・・(以下略)




おっとっと、ひまわりの種を食べながら書いてたら、
こんなに書いたのにエスファハーンの話がぜんぜん書けてないやないか!!!




エスファハーンに到着した日は、

「タクシー?アミールキャビール?」(←有名な宿の名前)

などをいう声をぜんぶ無視し、バスで宿に到着。

宿では、ヤズドで一緒だったチヅちゃんと無事合流。
到着した日は何もせず、ホテルでゆっくり。


そして2日目以降に訪れた場所は・DSC_1955.jpg
四十の柱という意味の名前がつけられた宮殿、チェヘル・ソトゥーン宮殿。
柱の数は20本だが、正面の池に移る柱の数を含めて40になるという、ロマンチックな名前。
今、写真では水面に写ってるけど、この時は見えなくて、「名前だけか!」とツッコンでたっけ。


DSC_1967.jpg
中の絵もすごくよい感じ

DSC_1978.jpg
エスファハーンといえばここ、エマーム広場。
居心地がよく、1日ボケーっとしていられるが、この街には日本語使いがいて、
絶対近づいてきて話しかけられる。

DSC_1989.jpg
マスジェテ・エマーム。この写真は二重構造になっているドームの内側。
音がおもしろい位に反響して、めっちゃ楽しい。
この中で歌った人もいるのだとか。それはやりすぎやろ、自重しろ!


観光に疲れた時は、適当なチャイハーネとかに入って休憩。
俺は、伝統チャイハーネってところに行った。
内装の雰囲気がとてもよくて、ほんとタイムスリップしたような感じ。(内部は写真撮影禁止)
天井や壁に飾られた多くの写真、天井から吊るされた、それぞれ色も形も違うライト、
壁には、昔使われていた斧や盾などが所狭しと飾られていて、目のやり場に困るほど。

せっかくいい雰囲気なのだが、水タバコ+チャイで6万リアルとめっちゃ高い!!
エジプトなら計60円~100円ですむのに!!!

DSC_2008.jpg
チャイハーネ近く。ここもいい感じ。


DSC_2018.jpg
街の南にある、スィー・オ・セ橋。
ここもボケーっとできるいい場所だ。だがたまにDQNが近づいてくるので要注意。
俺がおった時は大量にきた。

ちなみに橋の上で写真ととってると、へんなやつが話しかけてきた。
無視してたら着いてきた。橋って逃げたが橋ってついてきた。
めっちゃ怖い。。。
ポリシーア召喚寸前にヤツは退散。
被害はないが、やつから逃げてる時に段差に気づかず足をひねった。
数日湿布を貼ったら少しマシにあり、今は歩いていて気づかないレベルにまで落ち着いた。

DSC_2064.jpg
伝統チャイハーネが観光客向けなのに対し、こっちは地元民向け。
値段はチャイとセットで2万リアル。まぁ我慢できる金額ではある。

DSC_2063.jpg
右にいるクマさんが店員で、めっちゃ綺麗にガリヤーンの器具を掃除してた。



そんなこんなでエスファハーンを満喫したので、
イラン最後の地、マシュハドに向けて出発!!!
2010..05 イラン comment0 trackback0

11/6(土) マシュハド到着 ~急いでトルクメニスタン領事館へGoだ!~

マシュハドに到着したのは朝の9時半。

俺は、次の国トルクメニスタンに入国するために、
5日間のトランジットビザを取得しないとあかん。

この国、観光ビザは個人では取得でけへんみたいで、トランジットの5日間を過ぎると、
とても面倒な事が待ってるらしい。

そして、そのトルクメニスタン領事館は、俺も持っている古いガイドブックによると、
開館時間は8時半~10時半とのこと。もちろん変わってるかもしれんけど、
これまで訪れた領事館で、やる気ありそうなとこなんか、いっこもない。


ということで、バスがターミナルに到着した後、急いでバスで街の中心へ。
その後、歩いてホテルを探した。
この街には、多くのムスリムが訪れるからか、ホテルの客引きが多い。


そして俺は1人の老人に出会う。
何言ってるか全然わからんかったけど、通りがかった人が言うには、
「1泊2000トマーンだ」(200円)とのこと。



やっす!!!
これまでの最高記録やん!!!!


でも待てよ・・・これ「0」が足りませんでしたってオチじゃないか・・・?
いや、でもそうじゃなかった時のために、一応見に行こう…。





だが案の定値段は2万トマーン。2000円。泊まれるかボケ!!
ホテルのスタッフは笑顔で値下げをはじめるが、俺は500円近くじゃないと泊まる気がないし、
そこまでは下がりそうもなかったので、目星をつけていたABOZAR HOTELへ。


そこはシングル10万リアル。
高い。高いが、もう時間がない。

とりあえず値下げ交渉で7万リアルにまで下がり、1泊決定。
荷物を置いて急いでトルクメ領事館へ。




でも到着した頃は11時過ぎ…。
あかん・・・終わった・・・と思って領事館の入り口を見てみると、


"Working Time: 8:30~12:00"


おおー!!時間延長しとるやん!!!
えらいぞ!!!!


だが・・・俺急いできたせいで、中央アジアの情報全部おいてきた。


領事館員「どこの国境だ?」
おれ「わかりません。」
領事館員「地図はあるか?」
おれ「ありません」
領事館員「ウズベキスタンビザのコピーはあるか?」
おれ「ありません」

領事館員「ハァー」

ですよねー…トルクメニスタンのトランジットビザは、
出入国の場所を指定しないといけないのに、それを知らずに取りにきましたなんて、
お前トルクメニスタン行く気あるんかー!!て感じですよね。

領事館員「ちょっと待て」

しばらく待ち…

領事館員「5日後に来い。バァイ」

ん?もしかして手続き完了ですか?
パスポート見せた以外何もしてないのに??
5日後というのは、ビザ発行にかかる日数と一致してるけど、
俺何もしてないから、念のため聞いてみると、

領事館員「そうだ。5日後に君はビザが取れる」



よかったー!!!
なんかわからんけど、超簡単におわった!!!



後はこの街でボケーっと過ごすだけや!!!



この日は、もっと安い宿を探すため、次に目星をつけていた、
Vali's Home Stayという所へ。
場所を探すのに苦労したが、ここ、一応ホテルの登録はしてるみたいで、
一般家庭の家の一部を観光客に貸し出してるみたい。


中に入ると、明日から泊まりたいという前に、オーナーのおじいさんが、

「中に入りなさい」と、中へ。
中では観光客たちとおじいさんが話をしていた。

そしてしばらく談笑した後、俺は今日は別の宿に泊まる事、明日から泊まりたい事を伝えた。

「今から私の絨毯屋に行くが、一緒に来ないか?」


絨毯とか一切興味ないけど、
絨毯の写真を撮ってくれたら、サービスするみたいな事をいうから、ついていく事に。


バスを二つ乗り継いだのでわからなかったが、場所はハラムの近く。
オーナーの本職は絨毯の修理屋らしく、直した絨毯を観光客に売る事もしているのだとか。
そして、今いる宿泊客の3人は、皆が絨毯購入希望者。

狭い仕事場には、多くの絨毯が積み上げられていた。
俺は全く興味なし。だが、残りの人たちはさすが購入を希望しているとあって、
この柄はどこのもの?とか色々質問しとった。



俺が片っ端から写真を撮る中、他のメンバーが絨毯をどんどん広げていく。
場所が狭いので、1度広げた上にどんどん積み上げていくのだが、
俺は写真を撮っているので、女性たちが絨毯を積み上げるんだけど、
オーナーのValiさんの人使いが荒い。


「レディはいい。彼がやるから。ほら、じゅうたんを持って」


お前写真撮っとんの見て分からんのかボケ!!!
ついでにまだ泊まってもないのに人使い荒いんじゃ!!!


しまいには、


「ほら、絨毯の写真を撮ってくれ!」


せかすな!!
まだ泊まってないけどこの宿嫌や!!!!

おじさんには、「宿をネットで紹介してくれ」と言われたが、
今のところ誰にも紹介したくない。オーナーがウザすぎ!!!



一通り絨毯の紹介が終わったところで、購入する絨毯を家に持って帰るとの事。
購入する人は女性で、絨毯が重くて持てない。オーナーが他の用事あり。
残りのメンバーは今から観光。



なので俺が何故か自腹でオーナーんちまで行く事に。
いや、これも全て「サービス」とやらのためだ・・・。


絨毯を家に運び、俺はそのまま元いた宿へ帰った。



結局この日は観光せず、いや、できず、一日が過ぎたのだった。




そういや宿の金額聞いてなかったな。高かったらどうしよう。。。
2010..06 イラン comment0 trackback0

11/7(日) たまには旅行記じゃなくて喋らせろ!!!

俺は、旅行記を書くテンションにならないと旅行記を書かない人やってん。
なんちゅーか、自分が読んでおもろい旅行記を書くには、
そういうテンションの日に書かないと、うまくいかんというか・・・。


なのに最近、色んな所に行きすぎてて、
はよ書かないとどんどん忘れて行くので、どんどん書いてたんやけど、




ほとんどただの旅行記やないかー!!!


たまには喋らせろって書いてるけど、喋りたかったら1人で喋ればいいんやけど、
それやと喋った気にならん。こうしてブログに書くと、なんかしゃべった気になる。


◆最近思ったこと
俺、日本の事をあんま知らん。
現地人と話をしてて、情けないとともに日本の皆さんに申し訳ない。
彼らにしてみれば、俺は日本人代表なわけで、
「日本人ってこんな日本のこと知らないのか」と思われてないやろか・・・。

例えば日本と諸外国との関係、歴史とか、
日本の経済の過去の歴史と今とか、
日本のテクノロジーは他国と比べてどうなのか、とか、
車の話になっても、海外の車企業と日本の企業を比べて、
いったいどんな風に違って、とかがわからん。

こういう俺の不足した知識って、新聞だけじゃなくて、
色々本とか読まないとあかんなー。

小、中学生の時にもっと勉強してりゃー今よりはマシなはずなんやけど、
あんときは、

「こんなん勉強してなんの意味があんねん!」と思ってたし。



あと・・・英語なんやけど・・・
「6年勉強してた」ってとてもじゃないが言いづらい。

だって6年も学校で勉強してて、まだこのレベルか!と何度か思ったり。



俺は、日本に帰ったらこれをやろうっていうノートがあって、
大半が料理のことしか書いてないけど、それが最近増えていってる。



旅人の世界は狭い。
世界は狭いといいたいが、狭くないので言わんとく。

途中で会った旅人も行ってたけど、こんなに世界は広いのに、
旅人同士がなんども出会うなんて、僕らはガイドブックや他の情報に頼って
旅行してるなーと。


それが良いのか悪いのかはわからないけど。


◆最近あった事
・現地人に道を聞かれた。

カナダのチャイナタウンにおった時は何度もあったけど、まぁしゃーない。
俺もアジア人やし、中国人に間違えられて道聞かれたんやろ。


イランに入って、2回くらい道聞かれたんやけど・・


男「サラーム」
俺「サラーム」
男「ハマム(浴場)はどこだ?」

知らんわー!!!!俺のペルシャ語はサラームが限界じゃ!!!
道聞くなー!!!どっからどうみてもアジア人顔でしょーが!!!



・最近おごってもらってない
いや・・・色んな街でいろいろくれるから・・・
それが当たり前になってきて・・・

「あれ?この街なんもくれへんやんけ!」

ってあつかましいですよね。。。ごめんなさい。。。


・四川フラグがたった
最近あった日本人の旅人は、中国に行ったらしいが、
中国の四川しか行ってないらしい。

人のせいにしてはいけないが・・・
俺の中で四川フラグがたったのはあのコのせいやー!!!


頼むから夢に出てこないでくれー!!!
夢の内容を制御できる便利君じゃねぇんだー俺はー!!!


・後をついてくるイラン人
若い男がついてきた。エスファハーンにあるとある橋で。
理由はわからん。「Dont't follow me!」って英語合ってるか!?
わからんけど叫んだけど効果なし。

「ついてくんな!」

日本語で言っても効果なし。

最終的にはお巡りさんを呼ぼうとしたら去っていったけど。


こんなちょっとでも怖いのに、ストーカーって本当こわいねんな。


◆最近の食事
イランでの俺の食事の9割以上がサンドイッチ。
サンドイッチやと、具が色々選べて、野菜も入ってて、ジュースをつけて150円以下。

その他の食事にすると、300円超えんねん、ふつーに。
そんな高いもん食われへん。



◆最近の目標
・中央アジア入ったらビール飲む。予算は目をつむる。
・なるべく早くインド入り
・所用で来月一時帰国するけど、そん時にしこたま酒を飲む。食いもの系はパス。
・髪の毛が伸びてきたら切りたいが、たまには伸ばしてみよう。
(→旅中は、たった6ヶ月放置で我慢の限界がきたけど)
・やっぱり忘れる前に旅行記は書く。




さ、サンドイッチくいに外出するか・・・。
2010..08 未分類 comment9 trackback0

11/11(木) マシュハドでの沈没の日々 ~我是电脑的老师~

沈没っていうか、ビザ待ち。
ビザ待ちっていうか、沈没。


観光は2日間で終わらせたけど、ビザ発行で5日間も待たないとあかんかって、
めっさ暇やった。



マシュハドで一番期待していたハラムの聖廟だが、
ムスリムじゃない俺は近づく事さえできなかった。
さすがに神聖な場所なんだなーと実感した。



で、僕が何をして過ごしてたのかというと、



今泊まっている、Vali's non-smoking Home Stayってホテル(というかほぼホームステイ)の、
宿のオーナーに、


「朝と夜の食事をタダにするから、パソコンの使い方を教えてくれ」


と言われ、オーナーに、ExcelとPower Pointの簡単な使い方を教え、
さらにマシュハドのプレゼンシートを1枚作った。
(どうでもいいけど、Power Point 2007って、めっちゃ色々機能増えてるな!)


おかげで、俺はここ数日、毎日飯が出たので、
本当の意味で外出してない。引きこもり。
だって現地通過も底を突きかけてるし。。。


飯は毎日激ウマ!!!
奥さんの手料理マジでうまい。確実にイランで一番うまかった。
ま、基本サンドイッチしか食べてない俺が言える発言なのかは微妙やけど。。。

DSC_2131.jpg
昼ごはんでこの量。めちゃくちゃ多い!!そして全部めっちゃおいしい!!!

DSC_2144.jpg
夕食。右の方の青いやつは、ククというイラン伝統料理らしい。
うまかった!!



ここの親父、ただもんじゃない。
金を稼ぐ事に本気や。

オーナーのValiさんは、マシュハドにはあまり観光客が来てないと思ってるみたい。
そら、ビザ取るのめんどくさいトルクメニスタンの近くやし、場所が悪すぎるわ。
で、どうするのかというと、このおっちゃんは



「マシュハドの新たな観光地をまとめたプレゼンのシートを、
 ロンリープラネットの会社に送って掲載してもらう」



と真顔で言い放った。ネタ一切なし。
すげぇよあんた!!!



カーペットの仕事もやり、家は宿にし、ツアーのガイドもやり、
まだがんばりますか!!!?


しかもロンプラに宣伝しようなんてガッツ、どこから沸いてくるねん!!!


50歳後半なんやから、もう息子に任せたらええやん!!!



俺「日本は、子どもが働くようになったら、親にお金を送るのが普通だ」
親父「え?本当か?それを俺の息子と娘に伝えてくれ!!!」


という話もしたので、おっちゃんまだ頑張る気や。



無事ビザをゲットしたし、明日からついに中央アジアや!!!



ビール!!!ビールが飲める!!!


俺は酒代はケチらへんって心に決めてるねん。
明日はさっさと国境越えて、ビール飲むぞー!!!!
(それしか考えてない)


おまけ:数日間お世話になった宿の内
DSC_2139.jpg
2010..11 イラン comment0 trackback0

11/12(金) なんだーこの国は!!? ~トルクメニスタン~

マシュハドからいくつかバスを乗り継ぎ、無事にサラフス到着。
トルクメニスタンのサラフスという町で、とりあえずバスターミナルに行こうと、
そこらへんの人に、ガイドブックのロシア語で「バスターミナルはどこ?」と聞くが、
皆、

「ない」

という。


え?バスターミナルない???
じゃ、地元の人たちはどうやって移動しとんねん!!!

色々聞いていると、タクシーのターミナルはあるようで、
とりあえずそこにいく事に。
どいつもこいつも、平気で10ドル以上の金額を要求してくる中、1人のおっさんに、

「ターミナルまでいくら?」と聞くと、


両手で豪快にバツマーク!!!!!
これはタダって事ですよね?

僕、ちゃんとロシア語で「スコーリカ!」(いくら?)って言ったし、通じてはいるはず!!




やっさしー!!!!
ありがとう、おっちゃん!!






さぁ、ターミナルまで出発だ!!!!!




そして車が動いておっちゃんが最初に話した言葉は・・・




「スコーリカ?」





おぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!
さっきのバツマークのジェスチャーなんやってん!!!


何がスコーリカやねん!!!
お前さっきのあのジェスチャーで俺は乗ったのに・・・。




結局2ドル払った。。。



とりあえずターミナルとやらにに連れていってもらったが、
そこはどうやらタクシーのターミナル。しかも、マリィまでは耳を疑うような金額ばかり。

たった200kmちょいしか離れてないマリィという町まで行くのに、


「30ドル」


「40ドル」



はぁ????
ネタにしては笑われへんけど??


この国では50ドル以上は使う気はないけど???


誰に聞いてもバスターミナルはなし、タクシーで行けという。
タクシーの運転手には悪いが、顔をみているだけでイライラしてくるので、
どうしてもケンカ腰になってまう。

結局、

「歩いていくわ!」と日本語で言い放ち、200kmの歩き旅がはじまったのだった。






つづく












だが、そんなのは20m歩いて終わった(ぉぃ


とりあえず、人によってはバスターミナルがあるというので、そこまで歩くことに。
そしてさっきのタクシーのターミナルを過ぎて少し歩いたところで、1台の車が停まった。


運転手はおばちゃん。客は1人のおばちゃんと若い男。


「マリィ?」


こういうと、めっさ早い、ロシア語だがトルクメ語で何か言った。
ジェスチャーからして、乗れとのこと。

俺「スコーリカ?」


このおばちゃんは、手をおばちゃんの胸にあて、
「私が払うわよ」という感じ。



さぁて、このおばちゃんのジェスチャーの意味するところは・・・?




おばちゃん、俺、信じるよ!!!


今度こそ行こうぜ、マリーへ!!!!



そして車は・・・・




さっきのタクシーターミナルで停車。





えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
俺そこから来てんって!!!


わけわからん・・・。


さっき「私が払う」というジェスチャーをしたおばちゃんは運転席から降り、
別の車に乗り出した。別のおばちゃんもそれに乗る。
そして、俺に「乗って」と一言。(たぶんそんな感じ)




ん・・・何が始まるんですか・・・?



車はどこかへ向けて走りだした。




いくらなんやろう・・・・5ドルくらいまでやなー払えるのは。
そこから先は交渉か。



そして乗り込んでから2時間後、マリィの町に到着した。

「トゥルクメナバット?」と聞かれたので、
「ノー、マリー」と同時に寝るジェスチャーをして、

「安いホテル」とロシア語で話す。

そして車は1軒のホテルの前で停車。



めっちゃ高そう。いや、絶対高い。
だが、国内第二の都市にしては、あまりに何もない町だ。
もう8時を過ぎていて、町はめっちゃ暗い。
それに俺の疲れは頂点に達していて、車の中でもウトウトしていたほど。



とりあえず値段を聞くか・・・。
さっきのやさしいおばちゃんも付いて来てくれ、分かった事は、



1泊30ドル。



普段なら絶対に泊まらないが、
もうどこにも歩けないのと、これ以上おばちゃんに迷惑はかけられないと思い、
俺の旅の中で最も高いこのホテルに決定。


おばちゃんは部屋まで付いてきてくれ、最後に、

俺「タクシー代いくら?」と財布を出してスコーリカ?と聞くと、


私が払うわよ、とさっきのリアクション。



なんて優しいおばちゃんなんや・・・。
おばちゃんに「ありがとう!」と言い、俺は町へ。
おばちゃんは俺達が乗ってきた車に乗り込んだ。



さて、どっかで飯を食べよう。
ホテルの周囲を走り、地元の食堂発見。
そこで、スープ、パン、サラダ、肉を注文。
計20マナト。(715円)



物価高すぎ。。。。
地元の食堂レベルでこれですか?



もう俺予定変更や!!!!
明日トルクメニスタン出国する!!!!



こんな物価の高い国におったら俺病気になるわ!!!


さっさとウズベキスタン入って、そこでゆっくりしよ!!!





結局この日はビールを飲めず。。。
2010..12 トルクメニスタン comment0 trackback0

11/13(金) フライング入国 ~ウズベキスタン~

ホテルを朝早くチェックアウトし、バスターミナルへ。
なんとかバスターミナルはあり、そこで色々話を聞くと、
ウズベキスタンのブハラに行くには、チャルジュという町に行く必要があるらしい。


とりあえずチャルジュじゃなくても国境近くの町、トゥルクメナバットでもいいや。

という事で、バスターミナルでガイドブック片手に、手当たり次第バスの時間を聞いていると、
2時という線が濃厚になった。今は8時半。


2時かぁ・・・どうしようか悩み、物売りのおばちゃんからピーナッツとサモサを買って食べたら、
元気がでたので、バスは待たず、乗合タクシーを探すことにした。



なんと乗合タクシーはあっさり見つかった。
値段は20マナトで、トゥルクメナバットまで行ってくれるらしい。
ただ、それもものすごく不確かで、運転手も心配だったようで、運転手の知り合いの、
英語を話せる人と電話で会話。それで、これは乗合タクシーであること、
20マナトでトゥルクメナバットまで行く事がわかった。


約1時間待って、他の客が集まり、トゥルクメナバットに向けて出発。
トヨタのめっちゃ良さそうな車は、120km以上でぶっとばし、2時間半くらいで到着。
着いた所は鉄道の駅の近く。

そこで、国境までいく乗合タクシーに乗り換え。
現地通過が後8マナトしか余ってないので、それで何とか交渉。

3人組のウズベクまで行くおばちゃんたちと俺を乗せた車は、国境へ。



あートルクメニスタンまさか1日だけとは思わんかったなー。
ま、こんな高いし仕方ないか。


でも、これでめっちゃ早くウズベキスタン入りや。
そう自分で考えていた時、ふと疑問がわいた。


そういやなぜ俺は早くウズベク入りしなかったんやろ・・・?




あ!!!





俺のウズベキスタンのビザ・・・明後日から有効やった!!!!





11月15日~12月14日まで有効な事をすっかり忘れてた。
でも現地通貨は綺麗に使いきり、俺はトルクメニスタンにもう戻りたくない。



しゃーない・・・。
いけるところまで行こう。


国境で何とかお願いするか。
50ドルまでなら金は出せるし、なんとかそれでどうにかならないかやってみよう。




あーこんなチョンボするなんて。。。
これも全部トルクメニスタンのせいや!!!



心配している中、おばちゃんたちはロシア語でガンガン話しかけてきた。
何言うてるのか全然わからん。。。


だが、What's your Name?だけは話せるようで、俺は「カズキ」と言った。
最初は「Oh-Kazuki」とわかったようだが、
おばちゃんたちで何か話をしだし、俺は結局、





ジャッキー・チェンと呼ばれた。。。




ジャッキー・チェンは香港!!!と何度も行ったのに。。。



その後、おばちゃんと運転手がさらに色々話しかけてきた。
すまんが、俺はいまそれどころじゃない。
入国できるかどうかめっちゃ心配なんや。。。。




タクシーは国境沿いに到着。
まずは第一関門、国境の敷地前にいる軍人さんにパスポートを見せる。
O,K。


おばちゃんに「ジャッキー・チェン!こっち」と言われながら、国境へ行く。


さ、ついに来ましたトルクメニスタン国境。。。



ドキドキ・・・





無事出国スタンプゲット。。。。




出国がおわり、ウズベキスタン国境までの若干長い道のりを歩く。。。
もし拒否されたら、この辺で待たせてもらえないやろか。。。
トラックがたくさん駐車してるし、この辺ならどうにか・・・。



ウズベキスタン国境到着。
まずはメディカルチェック。そんなん初めてやけど??
変な銃みたいなので頭を撃たれた。






というと誤解を生むか。
体温を測られた。35度5分。俺の平熱や。

「No Problem?」と言われたので、
「うん、俺にとって普通だよ。元気」という。


次はパスポートコントロール。
ここや。。。ここさえ超えれば問題なし。。。




めっさ緊張する。。。
こんな緊張する国境超えはじめてや。。。





そして・・・無事スタンプゲット!!!



よし!!!



って何も言われなかったけど、こんなもんか・・・??



その次の税関も特に何も言われず、俺は無事国境を超え、入国を果たした。
でもこれ出国の時に何か言われたら終わりやなー。
だって俺のビザはしっかりと15日からって書いてあるのに、入国スタンプは13日やからな。
まぁいいや。



俺が入国すると、おばちゃんたちのうち2人はもう来ていたようで、
「ジャッキー・チェン!」と呼び止められた。



残りの1人のおばちゃんも来て、さっさと乗合タクシーで行くのかと思ったら、
腰を落としてぜんぜん乗る気配がない。


俺が「バス?タクシー?」と聞いたら、
しっかり「タクシー」と言ったのに。




だがここからおばちゃんの怒涛の値下げ術がはじまるのだった。




腰を落とし、運転手の意見に耳を傾けず。




その後、ようやく交渉したかと思ったら、めっちゃ何か叫んでる。




俺もちょっとだけ聞き取れたが、


「1ドル!」って言ってた。



え・・・・ここから1時間以上離れた場所へ乗合タクシーで1ドル???
そんなもんなの???




結局30分くらいかかり、10000スム(5ドル)で決着がついた。
ただしこれは、おばちゃんたちが行くカラキョイ?という場所まで。





タクシーに乗って1時間経ち、おばちゃんたちは全員降りた。
いやーこのおばちゃんたちが値下げ交渉してくれたおかげで、安くブハラまで行けそうや。
俺は、別の乗合タクシーに移動するように促され、それでブハラまで移動。
宿は、とりあえずガイドブックに書いてあるファティマ&イブラヒムでいいや。


タクシーは無事ホテル前に到着。
そしてホテルの外装を見るが・・・明らかに高い。




やっぱここやめよう。
だってタクシーがここに到着するまでに、安そうなホテルが何軒かあったし。


だがタクシーの運ちゃんがホテルの中に入っていき、スタッフを呼びに行った。
なんでこんな時に限って、運ちゃんがそこまでしてくれる人やねん。。。




そして現れたのは、若い女性だった。可愛い。
背が高くて体型も痩せすぎてはおらず、いかにも中央アジアの女性といった感じ。
後で写真を見たけど、写真を見るとそんな可愛くもない。普通。
これはもしかして、イランにいすぎたせいで、誰でも可愛く見えるんじゃないか?







というわけで、俺はなんと、1泊15ドルの宿に宿泊する事にした。
これがもしおっさんとかやったら、俺は間違いなく別の宿探しに出かけていたやろう。


それにしても、トルクメ人といいウズベク人といい、なんで皆頭に布巻いてるんやろ?
ムスリムやから?

ファルーサ(このコの名前)もそうやってので、聞いてみたが、

「好きなだけよ。宗教だからじゃないわ」との事。
(ちなににファルーサは英語ペラペラ)



とりえず無事ウズベキスタンに到着して良かった。
明日からしっかり観光しよか。



おまけ:ファルーサ(大学生らしい)
DSC_2167.jpg
2010..13 ウズベキスタン comment0 trackback0

11/14(日) ブハラをぶらぶら散策したり、ひさびさにビール飲んだり

目が覚めると、カーテンの脇から部屋に光が差し込んでいた。
朝だ。
俺は朝日で目が覚めたいので、カーテンはなるべく閉めたくないが、
この部屋はカーテンを閉めると部屋の中が丸見えになってしまうので、閉めざるを得ない。

パーカーを羽織って部屋を出、朝食を食べるためホテル内の別の部屋へ。
その部屋の隣にキッチンがあり、そこからファルーサが顔を出した。

ファ「おはよう、元気?」
俺「元気だよ」
ファ「朝ごはんだよね?緑茶、紅茶、コーヒー、どれがいい?」
俺「緑茶」

この国には緑茶があるんだ。。。いったいどんな味なんだろう。。。
朝ごはんはまぁ、よくある朝食といった感じ。

DSC_2176.jpg

まず、きになる緑茶をいただく。
おいしい。日本のものとほぼ味は変わらない。
中央アジアでまさか緑茶を飲めるとは思わなかった。
贅沢をいうと、お茶が若干薄めなので、俺は日本茶の方が好きだ。


朝食はゆっくり食べ、部屋へ戻って出発の準備をする。
この国はパスポート携帯が義務らしいので、パスポートをカバンにしまう。


宿を出てまず向かったのは、宿の前にある、ナディール・ディヴァンベギ・メドレセへ。
メドレセとは神学校の事だが、この時は知らず、モスクの事かな?と考えていた。
だが、それがモスクでないのではないのでは?という疑問は、メドレセを見てすぐに沸いた。


DSC_2181.jpg
この中のどこかに、あれ?と思った所がある。


答え(のアップ)
DSC_2178.jpg



偶像崇拝は、イスラムの教えに反しているのに、動物や人の顔が描かれている。
なぜこういう絵柄にしたのかが本当に疑問だ。

内部は部屋がたくさんあるだけで、しかもそれらは今土産物屋になっていた。
残念だ。残念すぎる。土産物屋にすれば観光客が喜ぶと思っているのだろうか?
むしろ逆効果なのに。


メドレセを出た後は、すぐ横にあるラビハウズへ。

DSC_2183.jpg
ハウズとは池の事らしい。

ラビハウズの回りは、木がたくさん植えられており、
何故か記念撮影用のラクダの像がたくさん置いてある。なぜだ・・・??
ラクダじゃなくてベンチを置けば、人々のくつろぎの場になるのに。



ラビハウズから10分ほど歩き、ブハラで1番訪れたかった、カラーン・モスクへ。
このモスクへ行くには、タキと呼ばれる屋根つきバザールを通り抜ける必要があり、
若干道に迷ってしまったが、なんとか到着。

到着前にトイレを済ませておこうと、トイレに行き、トイレ前の老人に、
料金の200スムを支払おうとしたが、100しかない。先に100を差し出し、その後に
小額紙幣がない事に気づいたので、1000スムを支払ったのだが、この時、
100スムを受け取りそこねた。お釣りは800スム。親父に100スム盗られたのだ。

たった100スム(約4円)だが、盗られた事に腹が立ち、何度も言っていると、
逆切れされた。逆切れされようが、悪いのはあっちなので、さらに言い寄ったが、
全く効果なし。これ以上話しても時間の無駄と思ったので、そこを去った。


DSC_2189.jpg
カラーン・モスク


モスクで少し休憩した後は、近くにあるアルク城へ
DSC_2200.jpg

城の内部の部屋は博物館となっており、ブハラやウズベキスタン事が
取り上げられていた。その辺はあまり興味がないので、ささっと飛ばしたが。

DSC_2203.jpg
綺麗な装飾の柱(すぐに折れそうだが)



城の近くにあるコルホーズ・バザールにももちろん行く。
中央アジアのバザールは初めてで、どういう雰囲気なのか期待が持てる。



バザールに到着した後も、そこがバザールなのかしばらくわからなかった。
南米やアフリカでバザールに行った事があるが、あの独特の雰囲気はあまりなく、
それに、ここのバザールはとても綺麗だ。

DSC_2213.jpg

売られているものは、野菜、肉、穀物、ドライフルーツなどなど、
どこにでもありそうなものばかり。だがここは米がとても多い。お茶も米もあるし、
いよいよ日本が近づいてきたなと実感した。

DSC_2215.jpg
店番をしている子ども

DSC_2220.jpg
途中で買ったお菓子。クリームの甘みが足らず、ちょっとイマイチ。



バザールでは特に何も買わず、帰りに別のメドレセに寄ってから一旦宿へ。

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バブドゥールアジス・ハーン・メドレセ。
ここまで色鮮やかなのは逆にどうなんだろう・・・。
イスラム建築は、どれも同じようにみえるが、細かい所がやはり違うなと実感した。



この後は宿に戻り、一旦睡眠をとった。




そして目覚めたのは夕方6時頃。
外はすっかり暗くなっていた。お腹が空いていた俺は、近くのレストランで、
ラグマンといううどんのような麺料理を注文。
やいた麺の上に目玉焼きが載せてあった。味付けはシンプルで、まぁ悪くない。
麺と一緒に野菜も入れて焼けばもっとおいしいのに・・・と思う。



さっと食べ終え、帰りにビールとサラミを購入。
部屋で試しに歯で開けようとすると・・・開いた!!!
これで栓抜きがなくてもビールが飲める!!!
開けるにはコツがいるが、ちょっと練習すれば大丈夫だろう。



あービールが飲めるって素晴らしい。
でもそんなにがぶ飲みしたい気分でもなかったので、500mlの瓶を1本だけ飲み、
歯を磨いて眠りについた。

(普通に旅行記を書いてみたが、なんかしっくりこんな・・・)
2010..14 ウズベキスタン comment0 trackback0

11/16(火) クルバン・ハイート(犠牲祭)

この日はイスラム教のクルバン・ハイートというお祭りがあると、
昨日の朝にファルーサから教えてもらった。
羊や牛などを殺して神様に捧げるというもの。肉は家や親戚で少しも貰うが、
ほとんどは貧しい人たちにあげるらしい。



朝起きると、ホテルの庭に羊がいた。
この羊を使うのだろう。
羊をさばくプロがいるらしく、切るのはそのプロにお願いするらしい。


10時からはじまるというので、朝食を食べた後は部屋でゆっくりしていたが、
肝心の始まりを見逃してしまい、俺が行った時にはもう羊は裁かれていた。

まず綺麗に皮をはぎ取り、その後は脚立に吊るして切る。
吊るした時、排泄物と血が流れ出た。酷い匂いだ。
最初は臭いにやられたが、動物の肉をいただくとはこういう事なんだと感じた。
普段は切り分けられた肉しか購入しないので、
血がどす黒くなる事も、排泄物が流れ出る事もないが、
当然彼らは生きていたわけで、誰かがこの仕事を担っている。


色々考えさせられたが、
食事の前後の「いただきます」「ごちそうさま」くらいは感謝の意をこめてちゃんと言おう。


肉をさばくプロは、短いナイフと斧を巧みに使い分け、
無駄な血を一切流さずに全てをさばき終えた。これがプロか!!!



この後、俺はチェック・アウトし、滞在登録のカードをもらって宿を出た。
本来ならチェック・インの際に貰わないといけないのだが、すっかり忘れてた。



「バスターミナルまではタクシーしかない」とファルーサに言われたが、
色んなミニバス(マルシュルートカ)が走っているこの街で、たぶんそれはない。

少し歩いて大通りに行き、そこで再び聞くと、
ばっちりアウトヴァグザール(バスターミナル)行きのマルシュルートカ発見。
それに乗ってターミナルへ行くと、あっさりサマルカンド行きのバスは見つかった。





だがこのバスがおおはずれな事は、この時は知る由もなかった。



ここブハラからサマルカンドまでは、約3時間。
バスは1時半に出発したので、4時半には到着するはずだ。


だが・・・バスは何度も停車した。
最初は人の乗り降りが激しいのかと思ったが、運転手をはじめ、その助手が全員降りて、
車の後ろに行っているのを見て、そうではないと気づいた。


そして・・・1番大きな問題が発生したのは、
サマルカンドまで後30分の距離にある、とある道。


エンジンを切り、左のタイヤを前後両方外したら、カンカン叩く音がひたすら聞こえはじめた。


そして2時間経っても直らず、
乗客たちは乗合タクシーや別のバスを捕まえて移動しだした。
俺はさらに金を出すのが嫌で、このまま一晩越えてくれれば宿代も節約できるので、
バスの外でひまわりの種を食べて待機。



いったいいつ直るのか・・・。
2010..16 ウズベキスタン comment0 trackback0

11/17(水) これがホントのオンボロバス ~なんとかサマルカンド到着~

バスがこのどこだか分からん場所に停車したのは、昨日の16時30分。
そしてバスが直って走りだしたのは・・・





4時半(12時間後)





なんでそんな遅いねん!!!もっとはよできるやろ!!!
ま、僕自体、「これで一晩こせたら宿代がうくわ」と思っていたし、ちょうどよかった。


バスがタシケントに到着したのは朝の5時半。
バスはタシケントのどこに停まったのかは分からないけど、近くのカフェが開いてたので、
そこで休憩することに。



7時過ぎまでそこで待ち、後は乗合タクシーで宿まで移動。
あー良かった・・・無事到着した・・・。




バハディールホテルは値上がりしていて、
シングル朝食つきで、10ドルまで下がったんだけど、それ以上は下がらず。
結局10ドルで宿泊する事にした。

到着した日の朝食は、普通は着かないものだが、
このホテルは、お茶とクッキーを出してくれた。気がきくなー。


この宿では、インドの情報を欲しかったけど、さすがになかった。
タシケントのホテル(民宿)にも情報ノートがあるらしいけど、そこで期待するか。




ホテルで少し休憩した後、ちょっと遠くのネカフェへ。
まだ朝9時半だってのに、ガキ共がネットゲームやっとる。
学校はいかんでええのか!!?


2時間ほどで色々用事をすませ、一旦宿へ。
まっすぐ宿へ戻っているつもりが、いつのまにか知らない場所にいた。



どこだここ・・・??
とりあえずその辺の人に道を聞き、なんとか宿の近くにあり、
サマルカンドでも1番有名なレギスタン広場まで戻れた。



部屋に戻った後は、中央アジア最大だという、ビヒニハム・モスクと、
その近くのシヤブ・バザールへ。宿から歩いて10分くらいなので、とても近い。
しかも、その途中の道は整備されていて、車も走らず、とても雰囲気がいい。

DSC_2249.jpg

ビヒニハム・モスクに到着し、まずはその大きさにびっくり!!
さすが最大規模と言われるだけの事はある。

そしてこのモスクの中には、ラウヒ(書見台)があり、
この回りを願い事と唱えながら3周すると、願いが叶うという言い伝えがあるらしい。

DSC_2251.jpg

ちょうどこの時、あまり人が居なかったのをいい事に、
小さな声でぶつぶつつぶやきながら3周した!!
願いよ叶え!!!



モスクを出た後は、バザールへ。
このバザール、皆のやる気がすごい!!!
俺を見つけるなり、ドライフルーツやお菓子などを笑顔でどんどん渡してくる。
そしてその後、500gか、1kgか?と笑顔で質問。

いやー盛り上がっててよろしいが・・・


・・・俺どっちもいらん。


唯一気になったピスタチオも、炒っていないし・・・。
何も買わずに戻ろうかと思ったが、ナンを売っている人たちを発見!!!

サマルカンドのナンは有名で、何もつけなくてもおいしいらしい。
ホンマか???

俺は色んなところでナンを食べてきたけど、何もつけずにおいしいと感じたのは、
イランのマシュハドだけやで。それ以外は、何かつけないと食べるのは厳しい。


とりあえず、1番長生きしてそうなおばあちゃんから買う。
めっちゃデカイ。このでかさで1つ600スム(約25円)。やっす!!!
俺はこれまで、レストランでひとかけら500スムでナンを食べていたが、
あれはボラれてたんやな!!!くっそー悔しいな!!!


ナンはまだ温かく、これが何もつけなくてもおいしいナンか!!
と思って豪快にかぶりついたが・・・





ん・・・何かつけないと食えねぇ・・・。




何もつけなくてもおいしいやと!!!!?
味はないし、それはだいぶ厳しいわ。。。
ガイドブックの編集者やから、特別なやつ食べたんちゃうやろな!!?


んまぁ、もうちょっとこの街でナンを食べてみるか・・・。



ナンを持ったまま、宿の近くで夕食が食べられそうな店を探す。
なんとか1軒だけ発見。そこでスープとチャイを注文する。
俺の注文を聞きに来てくれたおっちゃん、何度も「ハムハム!」と俺に言ってきたのだが、
そのハムハムってどういう意味なんやろう・・・。気になったけどどうやって聞けばいいんだ!?
このウズベク語とロシア語しかわからん国で・・・。
英語が話せる人を見つけたら聞いてみるか。



俺はそのまま宿に戻り、宿にあった「年収崩壊」という本を読む。
とりあえず帰ってまとまったお金ができたら、資産運用をしたいなと思った。
それも、前やってた半分ギャンブル的なFXではなくて、長期的に考えた投資がいい。
今は知識がないので、やることノートに書いておいて、日本帰ったらやるか。
あーやりたい事が増えてきた。日本帰ってからの生活が楽しみや。
2010..17 ウズベキスタン comment0 trackback0

11/19(金) サマルカンドの街をぶらぶらしたり

サマルカンドに滞在していた3日間は、朝食はゆっくりホテルで食べ、
観光はだいたいお昼を過ぎたあたりからスタート。
日が暮れる5時半くらいまで街をぶらぶらし、夕食を食べて、
後はビールとつまみを買って部屋で飲んで寝るという幸せな生活を送ってた。
夜に小説を読みながらビールを飲むのがあんなに幸せな事だとは思わなかった。



というわけで観光に訪れた主な場所をご紹介。


まずはシャーヒズィンダ廟群。
ティムールさんにゆかりのある人たちのお墓。

DSC_2254.jpg


霊廟はけっこう人によって内装がシンプルなもの、ほぼ何もないものや、
めっちゃ綺麗なものなど、バラバラやった。

DSC_2260.jpg

DSC_2264.jpg
中でも1番綺麗な内部装飾。

DSC_2272.jpg
何故か記念撮影に参加させられた。
最初は3人、次は別の3人、そしてこれが最後の人数。



次は、レギスタン広場にある、神学校3つ。

DSC_2278.jpg

で、この中の右側にあるメドレセのデザインが・・・


DSC_2282.jpg
鹿を追うライオン(虎じゃないんやって)



ムスリムとしてデザインは考えようよ。
こんなんしてるのここくらいやぞ!!

エジプトでもトルコでもイランでも、中東もだいぶ前行ったけどなかったぞ!!
イラン人が見たら怒り狂うんちゃうか?


中は全て土産物屋になっていてがっかり。



もっと見どころはあるけど、あえて書くのは上記2箇所くらい。
その後は街をぶらぶら。


DSC_2301.jpg
新市街。ゴチャゴチャしていなくて綺麗な感じ。
俺を見るなり「たけし」「おしん」と皆言うてくるのはなぜなんだ!??


DSC_2306.jpg
建物の壁に描かれていた絵。



もちろん旧市街も散策。

DSC_2323.jpg
何度道に迷った事か・・・。行き止まり多すぎ。

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旧市街で遊んでた子供たち



ご飯は大体、というかこの3日は毎晩ラグマン(麺)食べてた。
DSC_2335.jpg

DSC_2345.jpg
「ハムハム!」のおっちゃん(左)。真ん中はどこの誰か知りません。

DSC_2299.jpg

甘さ控えてめでそこそこおいしいケーキ。





サマルカンドは宿の居心地が良かったし、街並もけっこういい感じで、
3泊で十分楽しめた。


明日はタシケントかー!!
ついにインド入国が近づいてきたぞ!!!
2010..19 ウズベキスタン comment2 trackback0

11/20(土) クレジットカード≠金 in タシケント

朝食をホテルで食べた後、すぐにチェックアウトし、民間バスターミナルへ。
(ウズベキスタンは公共バスターミナルと民間バスターミナルが違う場合がある)


バスターミナルに到着したけど、ここ、どっかで見た事ある・・・。
あ、サマルカンドに朝早く着いた所や!!!
バスは適当な所に停まったと思いきや、ちゃんとバスターミナルに行ってたのね。


ちょうどタシケントまで行く地元の人がいて、その人の後を着いて行くと、
あっさりバスは見つかった。金額は7000スム(闇両替レートで、300円ちょい)



俺のホテル・・・というか、サマルカンドのバハディールホテルの情報ノートの書き込みによると、
一般の人の家に泊まれるらしい。金額は10000スム(1泊)なのだとか。
約5ドルだしこの国では激安!!

でも、これ、本当はやってはいけない。違法行為。
ウズベキスタンではちゃんとしたホテルに泊まり、滞在登録をしてカードを貰う必要がある。



んでも・・・残金が底をついてきたし、次に行くインドでもしクレジットカードによる
現金引き落としができなかったら、今の現金だとギリギリや。




ためしに行ってみた。
どうやらアパートらしい。そのうちのどこやねん!!!
と迷っていると、どこからかおばあちゃんが現れ、こっちこっちと手招きする。


俺はおばあちゃんの後に着いて行き、とあるアパートの一室へ。
部屋に入るなり、おばあちゃんが俺を見ていきなり激怒!!




ロシア語で超キレてる!!!!!




え、なんでいきなりキレてんのおばあちゃん!??




おばあちゃんの視線の先は・・・俺の足。
あ、ここ靴脱ぐのか。

日本にいた時は「家=靴を脱ぐのが当たり前」という感覚だったのが、
長旅のせいか、そんな事はすっかり忘れていて、俺は履いたままだった。


ってかね、玄関がまっくらで、おばあちゃんは何も言わずどんどん中に入るから、
俺はただついていっただけやん。って言い訳やな。




まぁとにかく謝ってすぐに脱ぐ。
そしておばあちゃんに金額を聞くと「10000」との事。



もう泊まってしまおう。
タシケントから来た日本人と今朝サマルカンドのホテルで会ったけど、
「レギ(滞在登録)の提示は求められませんでしたよ」との事だし。




そして荷物を置くと、おばあちゃんは俺に一言・・・



「マニマニ?」



なんやねんマニマニって?



と思ったが、おばあちゃんの手のジェスチャーから、金の事だとすぐに気づいた。
「今はないから、両替してから」となんとか気合で説明し、おばあちゃんは承諾。



とりあえず、両替をするために、近くのチョルスー・バザールへ。
そしていかにも闇両替に応じてくれそうな人を探し、1ドル2200スムで、
計20ドル分両替してもらった。




その後は、インドに行くための航空券を購入するため、ウズベキスタン航空のオフィスへ。



よし、これでチケット買って、後はこの街でゆっくりしよ。
俺は地下鉄に乗ってオイベックを目指す事に。
地下鉄入り口でチケットを買って、プラットフォームに行くと、
地下鉄にいた警官に話しかけられ、


警「パスポート」


え、ガイドブックには書いてたけど、やっぱりチェックあるんやん!!!
そして、

警「Which Hotel?」



や、やばい・・・。
これで見知らぬおばあちゃんの家に泊まってますとか言ったら、
多額の罰金か国外強制退去や・・・。


俺「ハドゥラ」


とっさに覚えていたホテルの名前をいい、警官は「OK」と一言。
特に何もなく終わった。


あー危ない危ない。



駅から南に歩き、ウズベキスタン航空のオフィスに到着。
ホンマにここか?超わかり辛い上に、ウズベキスタン航空とか書いてないけど。


俺「ここウズベキスタン航空?」
女「イエス」


ホンマか!!!?

俺「22日にデリーまで行きたいんです」

女はパソコンで検索し、電卓に「500000」と入力。
あ、これ50万スムって事やな。これを公定レートで計算されると、
285ドルくらいやけど、それでも2万3千円くらいやから安い!!


おし、買おう!!!

俺「クレジットカードは使える」
女「ウスカード オンリー」


え?なんですかウスカードって??
初めて聞いたんやけど?


俺「ビザ?」
女「ノー」
俺「マスター」
女「ノー」



役に立たねぇー!!!


ってかヤバイぞ!!!
俺現金が底を突きかけてて、航空券を買うほどのキャッシュは持ってない。
えーこれ最悪出られへんのんちゃうん!?

いや、てか金がないんやから出られへんどころかどこも行かれへん。
残りの金で中国までは行けるけど、どうする?
中国まで入り、全く観光せずに友達の家までは行けるか!?


脳内に緊急プランが色々浮かび上がる。
そして・・・



そうだ!ネットでチケットを買おう!!!
少し高くつくが、いつも検索するのにしか使っていない、
SkyScannerというサイトは、確か航空券が購入できたはず。てかそういうサイトや。


急いで航空会社のオフィスを出て、近くのネットカフェを探し、
40分くらい探した後にチケット購入!!!!



よし、無事購入できたぞ!!!
ってかこのどこで買ったかわからんeチケットは有効なのか!???


そういう心配はあるものの、もうそれしか手段はない。
そのどこだかわからないサイトで印刷したeチケットの控えをさっきのオフィスに店に行く。


俺「これを空港で見せたら大丈夫?」
女「OK」


うーん、あやしいなお姉ちゃん・・・。
なんか頼りない。
が、俺はもうそれにすがりつくしかない。
ちゃんと航空会社に見せる予約番号のようなものはあるし・・・。



そして俺は宿まで帰り、近くのバザールで軽く夕食を済ませた。



はぁ・・・何とかチケットを購入したけど、これ使えるかなぁ・・・。
空港で「なにこれ?だめ」とか言われたらもうゴネまくるしかないか。
2010..20 ウズベキスタン comment0 trackback0

11/21(日) ようやく食べられたプロフ ~ひたすら歩いたタシケント観光1日目~

朝早く"家"を出てまず向かったのはバザール。
朝食を食べるために。


ガイドブックではプロフ(ご飯と玉ねぎの炒め物)が1番大きな写真で紹介されてるのに、
プロフなんかめっちゃ探してもなかなかない。
高そうな店は行ってないからしらんけど、
国内観光客や地元人っぽい客が多い店には一度もなかった。



皆が食べている朝食で、俺がよく見かけるもの・・・それはサモサ。
サモサを食べ、お茶を飲むのがウズベク人の朝食らしい。(家庭料理は知らないが)



ということで俺もサモサを食べる。
サモサ1つあたり500スム(約20円)。サモサを3つと、お茶とで100円もしない。
安いけど、もっといいもん食べたいなー・・・。



サモサを食べた後は、新市街の中心、ティムール広場までぶらぶら歩くことに。
宿からだと、寄り道をしながら歩くと7kmくらいはあるけど、
歩いた方が面白いし、サモサはカロリー高そうやからな。

DSC_2354.jpg

旧市街から東に歩くと、広場や公園が広がっていた。
町も静かで、店もどこかおしゃれ。ってか高そう。
ウズベキスタンにもこんな所があるんだーと、久しぶりに歩いてて楽しかった。

DSC_2348.jpg


そして第一の目的地、ティムール博物館へ。

DSC_2367.jpg
綺麗な内装

ティムールさんの功績や、ウズベキスタンの歴史をここで学んだ。


その後は、中央アジアプロフセンターへ。
ウズベキスタンで有名な食べ物である、プロフを食べずして出国できん!!!
場所は、テレビ塔の横にあるテニスコート近くということで、
遠くからテレビ塔を目指して歩いてみたものの・・・





周囲は柵や川で行き止まりばっかり・・・。
2時間くらいは無駄に歩いた。



そしてプロフセンター到着!!!

DSC_2385.jpg
いいにおい・・・だけど底のその液体は・・・油ですか・・・?


カロリー高そー。
ま、でも食べるか。

DSC_2382.jpg
金額は4000スム。ちょっと高いな。


味は・・・まぁまぁおいしい。
干しブドウが良いアクセントになってて、食べていて飽きない。
ま、俺が腹減ってるってのもあるけど。

ただ・・・やっぱ油っぽいな。
もう食べたくない。
これならラグマンの方がいいなー、あっちは野菜たっぷりやし。


プロフを食べ終え、次は日本センターに行ったのだが、
今日が日曜日だという事をすっかり忘れていて、閉まってた。



仕方ないのでそのまま宿の近くまで帰った。




帰りには地下鉄を使ったのだが、パスポートの提示とホテル名の質問が
なんと3回もあった。これはやばいな。もう地下鉄は使わないでおこう。
・・・やはり悪い事はすべきじゃないな。
2010..21 ウズベキスタン comment0 trackback0

11/22(月) 明日にはインド

心配。それだけ。
2010..22 未分類 comment2 trackback0

11/22(月) 「お前には問題がある」 in タシケント国際空港

朝はサモサを食べ、まだ乗ってなかった路面電車に乗り、
日本センターにも行き、お土産も買った。
この街ですることはすべて終わった。


宿の近くからマルシュルートカで空港まで行く事ができ、
チェックインの時間になってウズベキスタン航空の所に行くと、
パスポートの提示だけで席を確保。eチケット見せなくていいんや・・・。
いまだにネットでチケットは変えないくせに、こういうところはしっかりしてるんや。
全く・・・ウズベキスタン航空は進んでるんだか遅れてるんだか・・・。



無事搭乗券もゲット!!!
税関もOK!!!!
後はスタンプだけ貰ったらおさらばや!!!!



レギのことさえ聞かれへんかったら終わりや!!
あー危なかった!!




と完全に安心しきっていたが、
審査官、俺のパスポートをじっとみて何か考えている。



明らかに遅い。
まさか・・・あれを発見してしまったか・・・。




そして彼は、俺にウズベキスタンビザのページを見せる。


ビザの有効期限:
2010年11月15日から12月14日

入国スタンプの日:
2010年11月12日



審査官「Why?」



あーバレちゃったー。。。
この時は全く罪の意識がなかったが、これは立派な不法滞在。
ただ入国審査官が見逃してしまったというだけ。


審査官「ちょっと待て」


しばらくして偉そうな人が来て、

偉「君には問題がある。どうやって入国したんだ?」
俺「トルクメンスタンのアシュガバード近くの国境から入りました。
  ビザの日にちをチェックし忘れていました。入国時に特に何も言われませんでした」

別室送りかなー。

偉「ちょっと待て」



彼は俺のパスポートと搭乗券を持っていった。
え、もしかして搭乗キャンセル→別室送り!???



そして彼は帰ってきて、

偉「カズキサン」


あっかん・・・もう終わった・・・罰が下る時がきたんや。

その後、偉そうな人は審査官にパスポートを渡し、スタンプゲット。

審査官「行け」





あー良かったー!!!!
これまでで1番ドキドキした出国やった。



この後、手荷物チェックが超細かかったけど、無事出国できた安心感が強く、
荷物チェックは全く苦じゃなかった。



これでとりあえずインドにいける。




ろくな噂を聞かない国、インド。


「空港から出るだけで一苦労」
「タクシーは絶対使っちゃダメ!」


さーて、どうなるやろ。



どうでもいいが、ウズベキスタン航空の客室乗務員さん超可愛かった。
ロシア語の"可愛い”も覚えとくべきやったな。
2010..22 ウズベキスタン comment2 trackback0

11/23(火) インド入国

タシケントを出発した飛行機は、3時半にインドのデリーに到着。
出国は無事に終わり、荷物を受け取ったのが5時半。



いつもどおり、朝になるまで空港で待つ。
荷物を受け取ると、空港の外に出ずに椅子に座って休憩。
ここは乗客しか来れない場所なので、外よりは断然安全。

でも眠らず、7時くらいまで待った。
そして外に出る。


出ると、同じ便でデリーに来たオランダ人のおじさんに話しかけられた。

オ「や、今から宿に行くのかい?」
俺「行くよ。メインバザールにある宿に行く」
オ「行き方がわからないので一緒に行ってもいいか」
俺「いいよ」


いや、俺インド来たのはじめてなんだけど、軽くOKしちゃった。
そして空港内の職員にどうやって行くかを聞くと、
赤いバスでメインバザールの近く、コンノートプレイスまでいけるとのこと。


外に出て、赤いバスの運転手に手当たり次第に話しかけ、
3回目くらいでコンノートプレイスまで行くバスを発見。
料金は75ルピー。ガイドブックの情報が50ルピーだから、まぁそんなもんだろう。



案外簡単に街まで行けるやん・・・。



そしてバスに乗り、トーマス(オランダ人のおじさん)が運転手の助手に、

「メインバザールまで」と伝えた。すると、そのちょい後に、
「着いたぞ」との事。

こういう時は現地語の地名で伝えないと変なところで降ろされる可能性がある。
それに、俺の勘では、まだ到着してないはず。

俺「バハールガンジ?ここはニューデリー駅の前か?」
助「違う。バハールガンジに行くのか?」
俺「うん。そこはニューデリー駅の近くだろ?」
助「そうだ」


あっぶねー、メインバザール他にもあった。。。
というわけで、最初はコンノートプレイスで降りて歩いていくつもりだったが、
乗ったバスはバハールガンジまで行くらしい。なんてラッキー!!!


そしてバスの中で、トーマスと話していると、

ト「インドは2回目なんだ」

あれ・・・おっちゃん2回目やったら自分で行けよ。

ト「でも15年前だけどね」

じゃあまだ俺らが到着した空港の第3ターミナルがなかった頃やん。
そういうことか。


その後かなり時間が経ち、バスはバハールガンジに到着。
バスを降りて助手の言ったとおりに歩くが、これはメインバザールじゃない気がする。
ガイドブックで写真は見たことあるけど、もっと狭い道やったような・・・。

ト「ここは違うな」

えー!!ちょ、勘弁してくれよ!!!!
あんなけ確認したのに。


そしてそこら辺の人に聞く、

「ここだ」とのこと。

おそらくニューデリー駅から西に伸びている通りじゃないんやろう。
ガイドブックを開き、その辺のホテル名を見て、何とか現在地がわかった。

俺「ごめん、ようやく現在地がわかったよ。」
ト「気にするな。俺1人じゃこれなかったんだから」

そしてNavrang Hotelに到着。ここは評判がいいらしい。
値段はシングル150ルピー(300円)。安い!!!


部屋を見せてもらう。
質素だか全く問題なし。壁が旅人たちの落書きだらけだが問題なし。
落書きの中に、恥ずかしい落書きを発見。


このベッドは南京虫がいるぞ!
This bed live in bugs.
   ↑
You want to say Bugs live in this bed.


こんな簡単な文章くらいちゃんと書いてくれwwwwww
もうこの部屋でいいや。楽しそうやし。



ちなみに、トイレは我慢できる汚さ。シャワーは我慢できない汚さやった。





とりあえず無事着いた。
結局何もなく無事に着いた。何もおきへんかったし。


でも、何もおきへんかったってのは、俺の感覚での「おきなかった」であって、
途中、多くの客引きに声をかけられた。でもそんなのはどこでもある。



トーマスは部屋が嫌なようで、

「インターネット屋に行って、カウチサーフィンで人を探してみるよ」

と、俺の部屋に荷物を置いて出て行った。




俺はその間、朝食を食べるため外へ。



んーまずインド1食目、何食おう!!!

ってかインド人は朝に何を食べるんや?


その辺の人に聞いてみた。

俺「こんにちは。インド人って朝はたいてい何食べるの?」
男「色々」
俺「今日は?」
男「色々」



こいつぁーダメだ・・・


そして2人目・・・



俺「こんにちは。インド人って朝はたいてい何食べるの?」
男「んー」
俺「何かお勧めない?」
男「マサラードーサーだな。うまいぞ!!」
俺「安い?」
男「安いぞ!そこの道を出て右に曲がったところだ」


よし、なんかよーわからんがマサラドーサーにしよ!!


そして店発見。マサラドーサーもあるらしい。それとチャイを注文。
そして出てきたのがこちら。

DSC_2397.jpg

でっけぇ!!!!
ってかこれ何やろう?ガイドブックを見ると、ちゃんと書いてた。
豆と米の粉を練り、薄く焼いたものにジャガイモのカレー煮を包んだものらしい。



外はサクサク、中にはジャガイモが入ってて、めっちゃおいしい!!!
腹が減ってたし、ぜんぶ平らげた。


値段はこれにチャイをつけて55ルピー。110円。
これはインドとしては安いのか、高いのかはわからん。
インドやったら100円切るのかなーと思ってたけど、個人的には満足。



その後部屋に帰り、トーマスを待つ。
彼はしばらくして帰ってきて、荷物を持つと出て行った。





俺はその後、日本に帰る航空券を探すためにネカフェへ。
色々探した結果、インド航空でコルカタ→デリー→関空で5万円しない位だと分かった。
これより安い航空券が無かったら、明日にでも買ってしまおう。
(たまーに、旅行会社の方が安い場合がある)


その後はメインバザールをぶらぶら。



なんかこのバザール・・・雰囲気が独特や。
なんか、どこを見ていいのかわからんというか、色々刺激がありすぎて、
俺の頭じゃ処理しきられへんというか・・・慣れるもんなのかなーこれ?

DSC_2404.jpg

不思議な絵、何に使うのかわからない部品、鳴り響くクラクション、
日本語使い、バザールって俺は歩いてて飽きないから好きやけど、
このバザールはほんと凄いな・・・。

これを旅のはじめに見てしまうと、他の場所なんて刺激が足らなくなりそうや・・・。
実際インドに行った事のある人で、そう言ってた人もいたし。



写真を撮ろうと思ったけど、その前にただ歩きたかったので、
ぐるぐるぐるぐるバザールを歩いてた。



という事で写真はまた後日。




昼食は、レッドビーンズ。豆か。
でも結局カレーやねん。ま、カレー好きやからいいけど。

DSC_2400.jpg

辛いけどうまい!!バターをつけたナンにしたけど、やっぱナンはインドやな!!
ナンだけでうまいもん。


夕食はKahdai Panner。チーズカレーってとこ。

DSC_2415.jpg

数種類の野菜、チーズが入ってて激ウマ!!!
これぜったいまた食べよう!!!
値段は60ルピー(120円)だったけど、この味なら満足!!!
ってかどうせ安いんやし、これくらいの贅沢はええやろ。


宿に戻る前に、情報ノートのある旅行会社に行く。
そして安い航空券がないか聞くと、俺が調べた料金よりも高い。


んー言いづらいなぁ。
別に悪いこと言うわけじゃないんやけど・・・。

俺「インド航空のHPで調べたけど、もっと安かったです」
男「そんなはずないと思うよ。値段はよく変わるからね」


ほんの数時間前に調べた情報ですが何か?w


あーハズレだなー。電話したり色々してくれてるけど・・・。


結局、ここで買っちゃった。
11月7日。コルカタ→デリー日本(計2つの航空券)
俺がさっき調べた航空券。もちろんちょっと高い。


情けないなー俺。「自分で買います」の一言が言えなかったがために、
数千円無駄にした。




ま、でも無事インドついてよかったー!!!
そして聞いてたより酷くなくてよかったー!!!



おまけ:
街を歩いていると、「Which Shampoo?」てまた話しかけられた。
俺の髪って、どんなシャンプーを使ってるか聞きたくなるほどの髪なのか?
・・違うと思う。
2010..23 インド comment0 trackback0

11/24(水) デリー観光とお祭り

ナマステー!!!

"ナマステー"を間違えて"サラーム"と言ってしまう。
イランと中央アジアがサラームで通じたからやと思うけど、まだぬけてない。


今日の朝食はバターナンとカレー。
ナンはそのままでもおいしいのに、バターをつけるとさらにおいしい!!!
ただ、ナンは1枚15ルピー(30円)。これ高くないか!???

インド料理はまだまだ種類があって、
毎回のご飯が本当に楽しみ!!!!



朝食を食べ終えてまず向かったのは、ジャマー・マスジットというモスク。
ホテルから5km以内で歩いていける距離だったので、ぶらぶら。

DSC_2416.jpg

狭い道を曲がったら、急に牛がいるなんて事がよくある。
それにクラクションうるさすぎ。
並ぶ事も知らんみたいやし、お前らどんなけせっかちやねん!!


俺はまっすぐ目的地に向かっているはずが、気づけば曲がらされていた。
大きな道を目印にする事が多いのだが、ゴチャゴチャしてる上に道が狭く、
いつもの勘が狂わされる。この町の雰囲気に飲み込まれているんやろか・・・。


それでも色んな人に道を聞き、なんとか到着。

DSC_2420.jpg

インド最大の規模を誇るらしいが、これより大きなモスクを何度も見てきたので、
そんなに大きいとは感じなかった。無駄にいろんな色を使っていない分、
個人的には中央アジアのイスラム建築よりも、こっちの方が好きや。

DSC_2234.jpg
派手にしすぎたイスラム建築の例(ウズベキスタン)


モスクからは、さっき歩いていたゴチャゴチャした道が見えた。
DSC_2431.jpg


小雨が降ってきたので、しばらくモスクで休憩し、次の目的地、ラール・キラーへ。
ラール・キラーへ向かう途中、踊るおばちゃんたちに遭遇。



その近くではお菓子をくばる人たちがいて、しまいには金をばらまく人まで。
爆竹の音はするし、なんかの祭りか?
そう思って近くにいる人に聞くと、"sick"とのこと。病気の人たちへの祭りか?
ふーん。


DSC_2437.jpg
ラーホール門と見学にきたであろう子供たち


中は個人的には気になる場所はなし。
広いなーと思ったくらい。
なので長居はせずに、地元民がいる町、チャンドニー・チョウクへ。
そこをぶらぶらしようとしたが、祭りのパレードのコースだったらしく、ほぼ歩けない。

DSC_2445.jpg
パレードに参加する子どもたち

仕方ないので別の道を歩き、クトゥブ・ミーナールに行くためのバス停へ。
だが、何分待ってもバスは来ないので、宿にいったん戻る。


DSC_2451.jpg
途中にあった店で食べたチキン・フライ。60ルピー。
チキンは毎回だと見たくもなくなるが、たまに食べるとおいしい。



その後はひまわりの種を食べてチャイを飲みながら、街をぼけーっと眺める。
これがしたくてインドに来たんや!!!
これがしたくて、わざわざイランでひまわりの種を大量購入したんや!!!


俺の食べるペースが遅いから、少しでいいかなーと思ったけど、
さすがに食べているとペースがアップして、凄い勢いでなくなった。
日本じゃ手に入らんしなー。



夕食時までボケーっとして過ごし、夕食は、この日のお祭りの影響で、
カレーくらいなら町で配っていたので、それを食べた。



よし、明日はアーグラーいくぞ!!
とガイドブックを開いたが、明後日は金曜日。金曜はタージ・マハルが閉まっている。
なのでもう1泊デリーで過ごすことにしよう。
2010..24 インド comment0 trackback0

11/26(金) インドではじめてのオートリキシャーと長距離バス ~アーグラーへ~

チャイがうめぇー!!!!
チャイは、同じところに何度も行かず、色んな所で飲むようにしてる。
1杯5ルピー(10円)と安いし、何杯でも飲める。
たまに、当然のように5ルピーを出すと、10ルピーや15ルピーのところがあり、
よく文句を言ってた。その度にメニューを見せられ、
「ほら、ここに書いてある」と見せられる。そういう場合、確かに書いてあるんやけどね。

こっちのチャイは生姜やシナモンが入ってるんやけど、
入れる量が作る人によって若干違って、どこもおいしい!!
日本に帰ったら絶対作ろ。


さて、今日はデリーからアーグラーに行く!
地図を見たら近いし、ローカルバスが出ているというので、バスに乗ることに。
各国で主にバスを使っている俺としては、
1体どんなバスで、どんなサービスなのか非常に気になる。

まずはホテルからニューデリー駅前へ。
ここからバスターミナル近くまで181番のローカルバスで行ける事は調べていた。
そして181のバスが来たのだが・・・目的地変わっとるがな!!!


なんでやねん!!!
昨日見た時は、確かにNizamuddin Raillway Stationって書いてたのに・・・。
近くにいる数人に聞いても、皆「行かない」と言うし。
仕方ない、ここではじめてオートリキシャを使ってみるか。
ちなみに、オートリキシャとは、オート3輪車で、街中どこでも走っていて、
旅人がよく運転手とトラブルになる。

そのへんのバス待ちをしている人に、料金を聞くと、
俺の目指すサラーイ・カレ・カーン・バススタンドまでは50ルピーらしい。

ええー!!!100円もすんの!?
100円あったら1食分+チャイ数杯は飲める。
高いなー。

とりあえずその辺のオートリキシャをつかまえ・・・
る必要もなく、運転手はどんどん俺に話しかけてくる。
そりゃ、バックパック背負ってるんやもん。

そして、1台の乗合オートリキシャがバススタンドまで行くらしく、
50ルピーで交渉成立。あれ、でも乗合だったらもっと安いか・・・?
まぁいいや。


そしてリキシャーはバススタンド・・・




の近くにある鉄道駅前で停車。

運転手「あっちに歩けばあるよ」
俺「ありがとう」

地図を見ても、駅の隣にマークがあるし、この時は全く疑わずに歩いていった。



だがこの時は20分も歩かされる事になるとは思いもしなかった(笑)
そして到着してみると、ダイレクトでここまでリキシャーで来ている人の姿もあり。




やられたー!!!

こいつか、こいつがリキシャワーラーってやつか!!!!




でもまぁ面白かったのでいいや。



アーグラーまで行くバスはあっさり見つかり、
俺はバスが出る時間までひまわりの種を食べてゆっくりしてた。



すると、色んなインド人がバスの中や外から話しかけてきて、

「おい、お前何食べてんだ!?」と聞いてくる。

あれ、ひまわりの種はインドにないんかな??
そういや見かけへんな。

どうでもいいけど、ひまわりの種はイラン産が質がいい。
中央アジアの人間がイランのひまわりの種を食べると、さぞ感動する事だろう。
だってトルクメもウズベクも、何の味もない小さくて薄い種ばっかりやもん。


おっと話それた。
その度に少しあげて、

「ひまわりの種だよ」と言って食べつづけた。



俺はもともとピーナッツ好きだったが、
イランでピーナッツもピスタチオも飽きるまで食べ、今はひまわりの種にはまっているのだ。
日本に帰ったら、ペットショップくらいでしか売ってないらしい。
・・・ひまわり植えるか(笑)



バスは1時間後くらいに出発。
バスの中で行き先ごとに別料金を徴収し、道行く人を拾うタイプ。
ま、どこでもあるタイプやな。

バスはクソボロイくせに、そこそこスピードが出る。
TATA(インドの車の会社)もなかなかやるなぁー。

バスは夕方5時頃にアーグラーの路上に到着。
降ろされたらすぐ、リキシャワーラーがどんどん寄ってきたが、
とりあえず全員無視してタージマハルの方に歩き出した。


男たち「そっちじゃないよー!!!」


お前らは紅の豚に出てくる船員か!!!!
(わかるやつはわかる)


もちろん無視して歩くが、本当にそっちではなかったみたい(笑)
結局、違う方向に歩いた所でリキシャを拾った。
料金は50ルピー。理由はバスの中で隣の人に聞いたら、
50ルピーって言ってたから。


俺「シャージャハーンってホテル知ってる?タージマハルの南門にある」
男「知ってる。だけどそこは高いぞ。1000ルピーだ」


最新のガイドブックには、


格安の宿と書いてありますが?



この後もしかして、「他の宿を知っている」って展開なんじゃ・・・


男「他に安いホテルを知っている」


教科書どおりの返答キター!!!!!
ガイドブックに書いてある展開がそのままになって、軽くフイた(笑)
笑うしかないやろ、この展開!!!

いやー君、期待を裏切らんね!!!
ナイスプレーやで。


男は真顔で「OK?」と聞いてくるが、そんな宿はどうでもいいので、

俺「シャージャハーン」と伝えた。



そしてシャージャハーンに着くと、今は1番安い部屋がなく、
1泊200ルピーで、ホットシャワー共同の所にした。

宿はケチればどんどんケチれるのだが、
正直、汚いトイレとシャワールームの宿にはもう泊まりたくない。


部屋に荷物を置き、宿の隣にあるレストランに入る。
そこの屋上からタージマハルが見えるはずなのだが、日が落ちてて見えなかった。
・・・ライトアップしたら綺麗やのに。
ま、あそこはお墓らしいから、夜くらいはゆっくりさせてあげるって事なんかな?
そういうロマンあふれる理由なら許す。


屋上でガイドブックを開いていると、レストランを経営している家族の子どもが寄ってきた。
まだ子どもなのに英語ペラペラで、年齢を聞くと「7歳」とのこと。


旅行をしていると、生活のために仕方なく語学を見につけている子どもはいるけど、
ここは親が経営してるし、そういう理由ではなさそう。
インド(もしくは親が)、勉強はしっかり教えてるんやな。

中国人の子どもも、最近は英語教育を受けてそこそこ話せるし、
今の日本の子どもがどういう教育を受けているのかは知らんが、
新興国に抜かれるのも時間の問題ちゃうか?

そしてさらに驚いたのは、もっと小さな子どもにためしに名前を聞いたら、
笑顔で「My Name is・・・」て話しだした事。


君たちもっと小さいやろ!?
年齢を聞いたけど、それはさすがに理解できないようで、
7歳の姉ちゃんが変わりに「3歳」と教えてくれた。
すげー!!!

そして新しい欧米人のお客さんが来て、俺はさらにさらに驚いた。
俺は来たときは、大人が俺から注文を聞いたのだが、今回注文を聞いたのは、




この7歳の女の子。



すっげぇ・・・なんかすっげぇよ君。

客が選ぶ前にも、

「これとこれとこれがおいしいよ」と言ってるし。

客「×××ラッシーはある?」
子「あるよ。いくつ?」



そら親がわざわざ上がってこーへんわけやわ。
この7歳の娘に任せてたらええんやもん。
俺の時は、「こいつ英語話せるんか?」と思われてたかもしれんな。



そして・・・この後俺は笑った。爆笑した。







彼女らが注文したラッシーを持ってきたのが男の子(笑)




どこまでガキ任せやねん!!!!
これ作ってるのも子どもちゃうやろな・・・。
子どもたち同士では、よく分からん言葉(たぶんヒンドゥー語)で会話してるし。


DSC_2460.jpg
夕食のターリー

飯を食ってる時、子供たちがジーっとこっちを見てる。
食べづらいから!!!


飯を食べた後、子供たちの写真をパシャリ。

DSC_2464.jpg

夕食は食べたが若干足らなかったので、
近くの屋台でチャオメイン(中国の炒面っぽい食べ物)を食べる。
ついでに「チャイはある?」と聞くと、大人から何かを聞いた子どもが走りだした。
あ、チャイはないのか・・・。子どもをパシリに使っちゃったのか。
そういうつもりはなかったんやけどな。何か悪い気するな。

結局、子どもに2ルピーのお小遣いを含めて7ルピー渡した。
「これ僕に?ありがとう」と英語で話してきたこの子もたぶん7歳前後やろう。

この2ルピーは、子どもへのお礼というよりは、
「2ルピーのお使い代を払ったから俺は子どもをパシリに使ってない」
っていう自分への言い訳やったかもしれん。


アーグラーの南門のエリア、少し歩いたけど、
ウザい方の客引きが少ないし、なんか居心地がいい。
小さいエリアなので、レストラン、商店、ネット屋までもがやる気満々。
歩いてて、

「水、コーラはいらないかい?」
「インターネット!とても速いよ」
「レストラン!屋上あるよ」

ネット屋まで店前で客引きしてるなんてどんなけやる気満々やねん。
これをラマダン中のエジプト人に見せてあげたい。



チャイを飲んだ後は、部屋に戻ってゆっくりして過ごした。
2010..26 インド comment0 trackback0

11/27(土) ヤムナーの向こう側 ~タージ・マハルへ~

朝食は、近くにあるジョニーズ・プレイス。
ガイドブックに取り上げられている事と、そこそこ客が入っている事から、
期待して行ったのだが、注文したIndian Breakfastを見てがっかり。

小さいパパル(揚げ物)に、小さいスープ、小さいヨーグルトにチャイ。
これだけで40ルピー。
インドに来て、こんなに少ない朝食を食べるのは初めてや。


インド人絶対こんなけじゃ足らんやろ!!!!!


他の客はこんなので足りてるのかなーと思って別のテーブルを見てみると、
皆トースト食べてる。
何を食べようが個人の自由やけど、インド来たらせめてインド料理食おうや。
なんでさらに高い金払って、いつも食べてるもん食うねやろ。


ものの数分で食べ終え、会計を済ませて2軒目へ。
南門の観光客が集まっているエリアからさらに南に歩き、チャパティ2枚とチャイを注文。
計15ルピー未満のこっちの方が、お腹もふくれたし美味しい。


朝食を食べた後は、タージ・マハルへ。
入場料はインド人が10ルピー(20円)。外国人は750ルピー(1500円)。



たっけぇー!!!!
インド人との金額差はしゃーない。そこは理解できる。
だけど750ルピーって!!!!



750ルピーあったらチャイが・・・(以下略)



おとなしく払い、中へ。
ここは荷物チェックがものすごい細かい。
グアテマラで買った、俺がいつもガイドブックを入れるのに使っているカバンの中を調べられる。


そして警備員は正方形の小さな袋を指差し、

警「これは何だ?」

あ・・・なんでこんなところにこんなものが・・・。
南アフリカでとあるホテルに泊まった時、自由に取っていい所があって、
その時に幾つかカバンに入れたんやった。


未だに使う機会がなく、(ってかこのままないやろうけど)
カバンに入れたまんまになってた。

んーなんて説明しよう…。タージマハルの前で"This is a condom"なんて言いたない。
俺が困っていると、警備員はそれが何かを理解したようで、
苦笑しながら「O.K」と答えた。


何故か小さい携帯型の三脚はダメで、それだけを預け、中へ。

DSC_2469.jpg
タージ・マハルの写真を撮る観光客たち。

中に入ると写真を撮る多数の観光客が。
ここでムスカ大佐と同じセリフを口走ってしまったが、日本人おらんかったやろか?

DSC_2472.jpg
定番のアングル(しか撮れずにすんません)


ここでタージ・マハルを見て、「俺はインドにいるんや!」改めて実感した。



少しタージ・マハルの方に歩き、記念撮影。

DSC_2479.jpg

一眼レフやと記念撮影を頼みにくい。
しかも今、カメラが若干壊れていて、ピントを合わせるのにコツがいる。
この写真は、俺に写真撮影を頼んできた欧米人男性に撮ってもらった。


そして俺はタージ・マハルの傍を流れるヤムナー河を見るため近くへ。

タージ・マハルとは、
ムガール帝国5代目皇帝シャー・ジャハーンの妃ムムターズ・マハルのお墓で、
これを作るために莫大な費用がかかり、国が傾いたらしい。

さらに彼は、タージ・マハルの傍に流れるヤムナー河の向こう側に、
自分のお墓である黒いタージ・マハルを経てようとしたらしい。


俺はタージ・マハルから、ヤムナー河の向こう側に立てられる予定だった、
黒いタージ・マハルを"見る"ために河の近くへ。
(結局、黒いタージ・マハルは建てられる事はなかったので、実際はない)

DSC_2489.jpg

黒いタージがあるはずの場所を眺めている人はあまりおらず、
そのおかげで、1人でゆったりと浸る事ができた。
・・・が、結局俺には見えなかった(笑)
彼には見えたんやろうけど。


全部真っ黒の建物なんて、俺の知る限りではないな。
何かあるのかな?


ここでボケーっとしてた時間がけっこう長かった。



タージ・マハルを見た後は、南門近くへ戻る。
なんかインドに来て、そんなにせかせか観光しなくてもええやんって気になってきた。
自分のやりたい事をしたらええやん。

俺は街歩きと、街をボケーっと眺めながらチャイを飲みたいので、そっち優先する事に。

DSC_2490.jpg

この街並にも、うるさいクラクションにも段々慣れてきた。
でもなんだろう、街並に慣れたからか、あんまりグッとこーへんな。
来る前に期待しすぎてハードルあがりすぎたか?

ま、でもバラーナスに行けばきっと変わるやろう。



12時近くになり、腹が減ったので、宿の近くの店へ。
そこでオムライスを食べる。

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何故オムライスがKorean Foodに分類されたけど(笑)
ご飯は炒めただけでほぼ味付けされておらず、ただの辛い飯。
・・・うまくない。


あーおとなしくダーリーにしてたら良かったー。
Korean Foodに分類されてたから、ついつい注文してもうたけど。


飯を食べた後は・・・

DSC_2495.jpg
街を歩いたり、

DSC_2499.jpg
タージ・マハルを眺めながらチャイを飲んだり、

DSC_2501.jpg
インドではじめてビールも飲んだ!!!
でもこのビール、なんと150ルピー!!(300円)


高すぎるやろ!!!!!!
俺もう飲まん!!!



夜は再びチャイを飲むため、地元の人の多い店へ。
そこに行くと、昨日来た時に、俺にチャイを持ってきてくれた子が、
忙しそうに街を走りまわってた。彼はチャイや店の品物を運び、それらを渡すと
お金を受け取って払いにくる。それを繰り返しているようだった。
だが彼の顔は生き生きしていた。

彼は一仕事終わったのか、俺の隣に来て、俺の腕時計をジッとみていた。
俺が着けているのは、アルゼンチンで買った6ドルくらいの安物だ。

子「日本の時計?」
俺「違う。アルゼンチンで買った」

あやうく安いと言いそうになったが、彼にとって6ドルの時計が安いとは限らない。

俺[時計が欲しいのか?」

俺はカバンに入っていた、イラン人から貰った時計を取り出し、彼の腕につけた。
すると、その子「いくら?」と聞いてきた。

いくらで売ってくれるの?という意味だろう。
いきなりこう聞いてくるなんて、なんだか寂しい。

俺「お金は要らない。君は忙しそうだから、時計が必要だ」
子「ありがとう!」

そういうと、別の店に笑顔で走り、店の主人に時計を見せて何か話しだした。

何故かわからないが、時計をあげてしまった。
貰い物ですまん・・・・そしてくれた人、もっとすまん。
でも俺が持っているよりはこっちのほうがいい。

チャイ屋の主人は「あげたのかい?」と聞いてきたので、
「うん、彼は忙しいよ」と言っておいた。


今はまだブカブカの時計だけど、そのうち腕に合うようになるやろ。
その頃まで着けているかはしらんけど。




その後は宿に戻ってホテルのスタッフに、
カジュラーホー行きについて尋ねると、事前にバスのチケットを取らなくても良いとの事。
明日は朝4時起き、1時間後の5時にバスターミナルや。




心配やな・・・何が心配ってそこまで行くオートリキシャーと野犬が。
2010..27 インド comment0 trackback0

11/29(月) 神聖でエロティックな彫刻の寺院をぶらぶらしてみた in カジュラーホー

朝8時に目が覚め、腹が減ったので朝食を食べる為に町に出たが、どこも開いてない。
仕方ないので、ホテルの部屋で少し時間をつぶし、
列車のチケットを手に入れる為に、バススタンド近くの鉄道予約センターへ。

とても分かりづらい場所に、それはあった。暗くて小さなオフィスで、
中では、やる気なさそうなインド人が、画面に向かってキーボードを叩いている。
でも、何かを入力しているというよりは、ただ1つのキーを押しているだけのような感じだ。



気になって、画面を覗いてみた。
・・・確実に何か問題が発生しとる。だってエンターキーを押しまくってるだけやもん。



待つこと30分・・・何をどうしたのかはわからないが、
何故かPC復活。電源を入れなおしただけか?

そして、カジュラーホー駅発バラナシ駅着のチケットを購入。
2等の寝台で、時間は23:00発。料金はRs200。
こういうのって、パスポートの提示とか必要なんじゃないの?何も言われなかったけど。

数年前の情報によると、バラナシ駅へ直接行かないらしいんやけど、
ここ数年で変わったのか?


チケットを買っている時に、ちょうど別のスタッフがオフィスに来たので、
彼に直接バラナシ駅に行くかきいてみたが、行くらしい。
カジュラーホーも数年前は駅がなかったみたいやし、列車のダイヤが変わったんやろう。


無事チケットを手に入れたので、町に戻る。
店はようやく開きだした。昨日の夜行った、Universalという食堂も開いていたので、
そこに入り、トマトオムレツとチャパティ、それにチャイを注文。

DSC_2547.jpg

ここは注文を聞いてから作り始めるので、時間はかかるが、
どれもおいしい。昼も夜もこよう。



食事を終えた後は、カジュラーホー最大の見どころ、西群の寺院へ。



細かい寺院の紹介をしても仕方ないので、
西群の寺院を簡単に説明すると、エロい彫刻(ミトゥナ像)が多い寺院。
性的結合が神聖なものとされ、寺院に彫刻が飾られる事になったらしい。



遠くから見ても、寺院の装飾の素晴らしさが見てうかがえる。
DSC_2515.jpg

最初、ガイドブックの解説を読んだ時は、
当時いくら神聖なものとされたものでも、現代に生まれた俺には、
ただのエロい彫刻にしか見えないんじゃないかと思っていたが、
実際に寺院の壁を埋め尽くすほどの彫刻を目にすると、感動を覚えた。

DSC_2524.jpg
外壁の彫刻

彫刻のアップ(クリックで大きくなります)
DSC_2522.jpg   DSC_2532.jpg


DSC_2523.jpg
神々や天女の彫刻の方が実は多い。



・・・とこのまま真面目な感想を書きたいんやけど、
僕がこれを見て思ったのは、これが作られた11世紀頃から、
セッ○ス(性的結合)は大昔から今まで大して変わってないんやなーってことやった。
・・・情けないな。まぁ、でも本当やし。



ここは、かなりじっくり回ったので、結局3時間半ほどかかった。
なので見終えた時は丁度お昼時。昼も、朝行ったUnivarsalに行き、食事をすませ、
その後は、東群の寺院へ。
寺院に行く途中、カジュラーホーの古い村を通ったが、
子どもたちに「スクール・ペン?」とペンをねだられてしまった。

この時、物乞いはどう対処したらいいのかわからなくなった。
俺は、無視ではなくNoと断わる事にしている。
色んな国を回ったが、両手、両足がなくても少しだけある部分を使って、
笑顔で音楽を奏でてチップを貰おうとしてる人がいたり、
目がみえなくても歌(お経?何かの言葉の場合も)を発している人がいたり、
そういった何かできる事をしている人が世界には大勢いるので、
そういった人たちにチップを渡す事はあるが、物乞いには渡した事がない。

けど、インドで色んな人たちを見て、
本当に自分の力ではどうしようもない、助けが必要な人がたくさんいる事を知った。

某ガイドブックには「単にインドだけの問題ではない」と書かれているが、
この問題について、俺は詳細を知らない。
インド政府が何か手立てを講じても、全てを救えていないのか、
なーんもしてないのかも知らないので、まずは知る所からはじめよう、


と、静かな東群の寺院で、景色を眺めながら思ったのだった。
(結局ペンはあげなかった)


(写真)DSC_2567.jpg
東群の寺院

DSC_2566.jpg
彫刻



東群の寺院を見た後は、カジュラーホーに戻り、
夕食を食べたり、ネットをしたりして過ごした。




バラナシ行きは明日の夜なので、明日もう1日ゆっくり観光しよう。
2010..29 インド comment0 trackback0

11/30(火) 楽しい寝台列車の旅 FromカジュラーホーToバラナシ

朝ゆっくり起きて、チェックアウトをすませ、南群の寺院へ。
歩いていくには少し遠そうだが、俺が今日乗る列車は、夜11時発。
それに、この街の観光はだいたい終わっているので、ゆっくり歩いても時間は大丈夫。


朝食はやはりUniversalで。
何度も利用しているが、観光地化されたこのカジュラーホー村で、
地元価格は本当にありがたい。
たまに、地元の土産物売りが、ここに買いにきているのを見かけた事があるし。


ホテルが集まっている中心部から南東に少し歩くと、
地元の雑貨屋の主人が話しかけてきた。
俺も時間があったので、そのおじさんと座ってゆっくり話すことに。

会話は英語。
俺はヒンドゥー語は挨拶しか知らないので。。。


15分くらい彼と話し、俺は再び寺院を目指した。

そして、ようやく一つ目の寺院に到着。

DSC_2570.jpg
西群と比べると、ここは寺院以外は建物がなく、草や木が多く植えられていて、
とても景色がいい。寺院の装飾は、他の寺院とさして変わらないけど、
俺はここで少し休憩した。



その後、さらに南に歩いてもう1つの寺院へ。
DSC_2574.jpg
地元の人の生活にかかせない川
途中で通った村


DSC_2586.jpg
寺院の中にある、天女の像は見ごたえがあり、来た甲斐があった。


寺院の隣には学校があり、丁度みんなお昼ごはんを食べていた。
子供たちは笑顔で、個々のプレートを持ち、並んで昼食が入れられるのを待っていた。
寺院からそれをボケーっと眺めていたけど、皆いい笑顔だったなー。



寺院を出た後は、まっすぐホテル近くまで戻り、昼食へ。
昼食は中心部の東側にある小さな食堂で食べた。
チャイ2杯が無料で、ターリーも安く、ここも良心的な店だった。

DSC_2599.jpg
昼食のターリー



夜までは、寺院を眺めながらチャイを飲んだり、
本を読んだりして過ごした。

DSC_2602.jpg
めっちゃお世話になったUniversal


ここで夕食を食べていると、色んな客が俺に話かけてきて、
それもまた楽しかった。
そんな中、1人の男に「列車でバラナシまで行く」というと、
「駅までオートリキシャをRs40でどうだ?」と持ちかけられた。
ただし他の3人とシェアらしい。

ま、1人で行くとRs100が相場らしいので、この話はありがたい。俺は快く了解した。
1人Rs 40で俺を入れて計4人だから、
おっさんの手元には160-100=Rs 60以上転がり込むわけか。
・・・まぁいいや。




そして夜にカジュラーホー駅に到着。駅は作られたばかりとあって、とても綺麗。
寺院のような装飾が施されているのも、なかなかええ感じ。

バラナシ駅の列車は既に到着していて、
俺の乗る車両のドアの入り口に貼ってある紙を見ると、ちゃんと俺の名前がある。
俺は安心して中に乗り込んだ。


中は、3段ベッドが2つごとに区切られていた。
俺のまわりは、どうやら全員外国人観光客のようだ。少し安心。
そのメンバーのうち、韓国人の3人組が明るく話しかけてくれた。
ウォンミン、ヨンミン、エヨンの3人は、インド内を一緒に回っているらしい。
だが、3人組というわけではないらしく、彼らはバラナシで別々のルートと辿るのだとかl。




そしてこの出会いが、彼らと一緒に行動するきっかけになったのだった。
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プロフィール

小太郎

Author:小太郎
1982年生まれのてんびん座。
面白そうな事にはすぐに飛びつきます。友人いわく、「フットワーク軽すぎ」

性格:優しいはず
趣味:写真を撮る事、旅行(国内、海外)、ネットサーフィン、外国語の勉強
好きなもの:スタジオジブリ作品(特に耳すま、海きこ)、新居昭乃(特に空の森)、Sound Horizon、hide、洋菓子、アザーン、酒、面白そうなもの、事
嫌いなもの:ゴキブリ、高野豆腐
口癖:ぐはっ、うは、ってか、


2009年10月5日から2011年5月1日までの世界旅行記を掲載。

北米→中米→南米→アフリカ→アジアと、
基本的にバス移動での旅行記を掲載。

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